GCOE・SRC ボーダースタディーズ・セミナー「情報空間があぶりだす社会構造の変化」
7月24日、センター内大会議室において、山本強教授(北大基盤情報センター長)による報告「情報空間があぶりだす社会構造の変化」が行われた。報告 は、Google street View立ち上げ以前から北大が試みていた全方位ビデオ映像PanoViの紹介から、POS情報の分析から得られた沖縄の米消費性向、日経テレコン21の 単語頻出分析によるアイドル評に至るまで多岐に渡るものであったが、人文・社会系の本GCOEプログラムの観点からは、以下の3点がポイントであったよう に思われる。
こうしたデジタル化はIT基盤技術の進展(ムーアの法則)とストレージ価格の低下により、加速している。情報処理能力と情報伝達能力の向上により、プル型 メディアであるネット媒体は爆発的な増加を見ている。
2. 上記のようなネット上の大規模なデータを、コンテンツに転化し新しいデジタル価値を創造したのがGoogleである。リンクカウントによりインターネット 上の網羅的情報の「重要度」を機械的に定量化し、コンテンツ作成者が意図しない相関・価値を創造した。さらに重要度から広告価値を算定し、無限に存在する 検索キーワードそのものに価値付けを行った。Googleによる網羅的情報サービスは、Google Earth、Google Street View、Youtube等にも見られる。山本教授は網羅的情報の意義を強調し、例えば、Google Earthによって発見された古代ローマ遺跡のように、データベース化された時点で意図されない情報が後から「発見」がある場合が多々ある、とする。実 際、北大キャンパスの全方位ビデオ画像を網羅的に記録していたPanoViには、2004年に台風で倒壊したポプラ並木が記録されており、今日この画像を 解析することで、並木の正確な間隔、配置を再現することが可能となる。逆に、一般的なポプラ並木の写真は、見栄えがする意図されたアングルから撮影された ものが多く、そこから並木の配置を割り出すことは困難である。山本教授によれば、このような網羅的情報のデータ化には、入力時に意図を込めさせないような 収集システム作りが肝要となる(例えばPOSシステムやGoogle型ロボット検索)という。また、言うまでもなく網羅的情報サービスは、前述したIT技 術の進展とストレージ価格の低下がその背景となっている。これらの網羅的情報サービスは「厳選された情報サービス」を上回るビジネス的成功をおさめてい る。全ての情報があるため、必然的にアクセスが集まることになる。
3. 情報システムの処理能力の向上は、個人の網羅的情報空間へのアクセス、保存、処理も容易なものとしている。今日、Google Street Viewのような全周画像は札幌市内全域でも市販のTB級ファイルサーバー1台に記録可能である。新聞の網羅的データストックである日経テレコン21は個 人契約が可能である。網羅的情報は、それだけでは全貌を理解できない巨大データベースである。しかし、それから情報を抽出し、意味を解析する作業は個人の Intelligenceに委ねられている。山本教授の言葉を借りれば、こうした状況は、網羅的情報をツールを用いて分析できる人にとっては「幸せ」と表 現できるという。先の考古学の事例のように、網羅的情報空間を利用する新しい研究手法が文系学問にも加わる可能性ががあるという。
会場からは、インターネットの普及により、英語のモノカルチャー化が進み、多用な文化圏が消える可能性があるのではないか、との指摘が出た。これに対し、 山本教授はネットはプッシュ型メディアに比べると支配力は強くないこと、ブラウザは多言語対応になっていること、実際の境界では干渉せざるを得ないため紛 争が生じているが、ネットでは積極的に他者に干渉しない限り紛争は生じない(ネット上で閉鎖型のコミュニティ形成も可)ため、それぞれのコミュニティは安定するのではないか、との認識を示した。
一見、インテリジェンスが介在する機会が減じたように思える大量データの検索を利用した研究手法も、実は、インテリジェンスが最も必要とされる行為であと いう指摘は示唆に富むものであった。また、語学能力や文献読破能力、現地調査といったこれまで地域研究が情報収集に必要としてきたインテリジェンスが、デ ジタル化によりどうなるのか、一地域研究者として考えさせられるところがあった。
(藤森)
*文中画像は全て山本教授配布資料からのコピー。
当日配付資料された資料はこちらをご覧下さい。(PDF)