「寛容性を失うアメリカ社会と移民管理:アリゾナ州移民法の歴史的背景」(2/15) 参加記
2011/03/01
2月15日に、村田勝幸氏(北海道大学文学研究科)を講師にお招きして第11回ボーダースタディーズ・セミナーが開催された。
本グローバルCOEは開始以来、アメリカとメキシコの国境問題に強い関心を寄せており、今回のセミナー直前まで北海道大学総合博物館にて、同大学アイヌ・先住民研究センター博士研究員である水谷裕佳氏の監修のもと、アメリカとメキシコの国境を挟んで居住する先住民ヤキの世界を紹介する展示を行った。セミナー講師の村田氏は、20世紀アメリカにおける移民問題に社会史的にアプローチしてきた、本グローバルCOE事業推進員である。氏には今回、メキシコと国境を接するアリゾナ州で昨年2010年4月に制定された同州移民法(Arizona Senate Bill 1070)の話題を軸に、アメリカにおける移民管理の現在と過去について報告いただいた。
氏の報告によると、アメリカにおいて移民管理は連邦政府の専権事項であるが、メキシコと国境を接する州政府は、連邦政府が移民管理を怠り、それが不法移民の増加を招いたと認識し、不満を抱いている。その不満を形にしたのがアリゾナ州移民法であり、同州法では不法移民を厳しく取り締まる諸規定が示された。例えば、州内の外国人に必要書類の所持を義務付ける規定、州内の担当官や関連機関に法執行を命じる規定、市民による不法移民の幇助や雇用を禁じる規定、などである。同州法は成立後、賛否両論の議論を国中で惹起し、バラク・オバマ大統領の批判も受けた。その後、同州法を違憲とする提訴が連邦裁に複数なされ、法律発効の前日に、法の大部分に関し執行差し止め命令が下された。現在は、執行差し止め命令に対する州知事の控訴の結果を待つ状況にある。
移民管理を強化する法を州政府が制定する試みには前例があり、1994年にはカリフォルニア州で「提案187(Proposition 187)」が成立した。同提案では、移民法違反の疑いがある者の法的資格を移民帰化局等へ通報することを法執行当局に義務付ける規定や、非合法移民による公教育や公的医療の利用を禁じる規定などが示された。同州法も、アリゾナ州移民法の場合と同様に、賛否両論の世論が起きた。結果的には連邦裁判決で執行停止となった。
メキシコと国境を接する各州で、こうした法制定の試みがしばし見られることの背景には、連邦政府が移民管理に関する統一的な政策を打ち出せていない事情がある。例えば現在、連邦の上院と下院で移民管理政策を調整することは困難である。というのも、下院においては、テロ対策の名義と結び付けて非合法移民の取り締まりを強化しようとする、2001年の9・11テロ以降の政治動向を受け、05年に下院法案「2005年国境警備・反テロリズム・不法移民統制法」が可決されたが、上院では移民法案の審議が頓挫しており、従って上院と下院で政策的すり合わせは難しい現状にあるという。
村田氏によると、かつてアメリカの移民管理政策の転機となったのは、1986年に「移民改編統制法」が可決されたときであった。同法は、非合法移民の雇用を罰則化する一方で、ゲストワーカーを認め、また、在住期間や犯罪歴に関し一定条件をクリアした非合法移民を合法化する道を開いた。しかし、同法制定以降、アメリカにおける移民をめぐる政治的風潮は右傾化の傾向を強め、9・11テロがその傾向に拍車をかけた。保守的見解とリベラルな見解を調整し、実効性ある移民管理政策を統一的に打ち出すのは困難になっており、現在のオバマ政権もまたその困難に直面しているという。
質疑応答の時間では、英米法を専門とされる会沢恒氏(北海道大学法学研究科)、アメリカ南西部の先住民について研究される先述の水谷裕佳氏、国際移民問題を専門とされる樽本英樹氏(北海道大学文学研究科)からコメントや質問が寄せされ、北海道大学文科系学部を横断したインターディシプリナリーな議論がスリリングに展開される場となった。その議論の場において、アリゾナ州移民法をめぐる法廷での争点、先住民や現地の人びとが同州法に抱く感覚、移民の側と州政府の側のそれぞれの戦略、移民がアメリカでたどるルートと移住先の問題などについての理解が深まった。
(文責:平山陽洋、GCOE)
本グローバルCOEは開始以来、アメリカとメキシコの国境問題に強い関心を寄せており、今回のセミナー直前まで北海道大学総合博物館にて、同大学アイヌ・先住民研究センター博士研究員である水谷裕佳氏の監修のもと、アメリカとメキシコの国境を挟んで居住する先住民ヤキの世界を紹介する展示を行った。セミナー講師の村田氏は、20世紀アメリカにおける移民問題に社会史的にアプローチしてきた、本グローバルCOE事業推進員である。氏には今回、メキシコと国境を接するアリゾナ州で昨年2010年4月に制定された同州移民法(Arizona Senate Bill 1070)の話題を軸に、アメリカにおける移民管理の現在と過去について報告いただいた。
氏の報告によると、アメリカにおいて移民管理は連邦政府の専権事項であるが、メキシコと国境を接する州政府は、連邦政府が移民管理を怠り、それが不法移民の増加を招いたと認識し、不満を抱いている。その不満を形にしたのがアリゾナ州移民法であり、同州法では不法移民を厳しく取り締まる諸規定が示された。例えば、州内の外国人に必要書類の所持を義務付ける規定、州内の担当官や関連機関に法執行を命じる規定、市民による不法移民の幇助や雇用を禁じる規定、などである。同州法は成立後、賛否両論の議論を国中で惹起し、バラク・オバマ大統領の批判も受けた。その後、同州法を違憲とする提訴が連邦裁に複数なされ、法律発効の前日に、法の大部分に関し執行差し止め命令が下された。現在は、執行差し止め命令に対する州知事の控訴の結果を待つ状況にある。
移民管理を強化する法を州政府が制定する試みには前例があり、1994年にはカリフォルニア州で「提案187(Proposition 187)」が成立した。同提案では、移民法違反の疑いがある者の法的資格を移民帰化局等へ通報することを法執行当局に義務付ける規定や、非合法移民による公教育や公的医療の利用を禁じる規定などが示された。同州法も、アリゾナ州移民法の場合と同様に、賛否両論の世論が起きた。結果的には連邦裁判決で執行停止となった。
メキシコと国境を接する各州で、こうした法制定の試みがしばし見られることの背景には、連邦政府が移民管理に関する統一的な政策を打ち出せていない事情がある。例えば現在、連邦の上院と下院で移民管理政策を調整することは困難である。というのも、下院においては、テロ対策の名義と結び付けて非合法移民の取り締まりを強化しようとする、2001年の9・11テロ以降の政治動向を受け、05年に下院法案「2005年国境警備・反テロリズム・不法移民統制法」が可決されたが、上院では移民法案の審議が頓挫しており、従って上院と下院で政策的すり合わせは難しい現状にあるという。
村田氏によると、かつてアメリカの移民管理政策の転機となったのは、1986年に「移民改編統制法」が可決されたときであった。同法は、非合法移民の雇用を罰則化する一方で、ゲストワーカーを認め、また、在住期間や犯罪歴に関し一定条件をクリアした非合法移民を合法化する道を開いた。しかし、同法制定以降、アメリカにおける移民をめぐる政治的風潮は右傾化の傾向を強め、9・11テロがその傾向に拍車をかけた。保守的見解とリベラルな見解を調整し、実効性ある移民管理政策を統一的に打ち出すのは困難になっており、現在のオバマ政権もまたその困難に直面しているという。
質疑応答の時間では、英米法を専門とされる会沢恒氏(北海道大学法学研究科)、アメリカ南西部の先住民について研究される先述の水谷裕佳氏、国際移民問題を専門とされる樽本英樹氏(北海道大学文学研究科)からコメントや質問が寄せされ、北海道大学文科系学部を横断したインターディシプリナリーな議論がスリリングに展開される場となった。その議論の場において、アリゾナ州移民法をめぐる法廷での争点、先住民や現地の人びとが同州法に抱く感覚、移民の側と州政府の側のそれぞれの戦略、移民がアメリカでたどるルートと移住先の問題などについての理解が深まった。
(文責:平山陽洋、GCOE)