京大地域研との合同ワークショップ「地域情報学と境界研究が出会うとき」(9/29)が開催される
2013/10/03
9月29日に京都大学稲盛財団記念館大会議室にて、スラ研と京大地域研究統合情報センター(地域研)との合同ワークショップが実施されました。このワークショップでは、北大GCOEの境界研究、そして京大地域研が持つ地域情報学、という相互の持ち味を生かしつつ、地域横断的な課題について議論を行いました。
全国には、JCAS(地域研究コンソーシアム)に所属する研究機関だけで考えても、100近くの地域研究に関連する組織があります。これまで、アメリカ、アジア、アフリカ、南米、スラヴ・ユーラシアといった個々の地域について、それぞれの研究組織が相応の業績を上げてきましたが、最近では、一つの地域だけでは解決できない問題が増えてきているのも事実です。今回のワークショップでは、最初に岩下GCOE代表が「境界研究の最前線」と題する講演を行い、その後、計6名の若手研究者による報告を軸としつつ、人の移動(巡礼)や環境という二つの具体的かつ地域横断的な課題に取り組みました。
講演:岩下明裕「境界研究の最前線:北方領土・尖閣・竹島」
岩下GCOE代表は、まず最初に世界各地のボーダーを紹介し、人や地域を区分するという境界現象が場所ごとに異なる側面を有しながらも、或る意味では共通性を持っているという点を指摘しました。例えば、対馬に根室や小笠原の人が集まり、更にはアメリカやヨーロッパの人が集まって議論してみると、色々な共通点が見えてくることがあります。二カ国で言い争っている領土問題にしても、異なる地域の視点を入れると柔軟なアイデアが生まれることもあるでしょう。ただし、境界現象はどこでも同じというわけではありません。具体的なボーダーを検討するに当たっては、現場の状況をきちっと知ることが必要不可欠です。中央政府が境界地域の利益を声高に叫んでいたとしても、実際の境界地域に生きる人にとっては的外れということもあります。以上の実践面での議論に加え、岩下GCOE代表は、政治地理学の重要性についても言及しました。もちろん、戦前の地政学をそのまま復活させるというわけではないのですが、領海・領土・主権といった概念について正面から向き合うことが今の時代には必要だと言えます。
第1パネル「巡礼」
宗教的理由に基づく人の移動をテーマとする第1パネルでは、旧ソ連諸国からのイスラム教徒のメッカ巡礼(長縄宣博・スラ研)、ペルー人移民の巡礼(佐々木直美・法政大学国際文化学部)、中国・ミャンマー国境地域における仏教徒の移動(小島敬裕・地域研)、の3報告が行われました。
最初の長縄報告では、ダゲスタンとタタルスタンの事例が取り上げられ、現代ロシアのメッカ巡礼およびそれに伴う資金の流れにより、ムスリム社会に大きな影響が及んでいる点が指摘されました。ロシア連邦には約2千万のムスリムがいますが、サウジアラビアから配分されている巡礼者枠は僅かに2万人台であり、誰がメッカに行けるかについては政府機関によって集権的に管理されています。そのため、巡礼そのものが利権を伴う一種のビジネスと化している他、国際政治上の駆け引きやテロリズムなどの問題も絡んで複雑な様相を呈しています。
次の佐々木報告では、ペルーの伝統的な宗教行事「奇跡の主聖行列」が、国外に移住したペルー人によって世界各地で実践されている点が紹介されました。この宗教行事は、日本に移住したペルー人によっても行われ、参加者同士の社会的紐帯を強める効果を生み出していますが、日本の公道では聖行列が許可されないため、ペルー人社会とマジョリティ社会の「境界」が顕在化する結果にもつながっています。その意味では、他の地域のように、ペルー人だけでなくマジョリティ社会に開かれた形での行事となりにくいという問題があります。
最後の小島報告では、中国雲南省徳宏およびミャンマーの上座仏教徒社会に焦点が当てられ、東南アジアの他の地域との比較を視野に置きつつ分析が行われました。ミャンマーとの国境地域に位置する徳宏では、他の東南アジア大陸部とは異なり、出家が少なく在家者が多く見られる他、仏教徒の移動マッピング技術により、ミャンマーとの越境的なネットワークの存在と移動の実態が明らかとされました。今後は、これまで蓄積した膨大なデータを整理し、仏教徒の宗教実践をより明確な形で可視化することが予定されています。
以上の3報告に対し、ユダヤ人のウマン(ウクライナ)巡礼等について研究を行ってきた赤尾氏(阪大文学研究科)がコメントを行いました。同氏は、長縄報告に対し、イスラム大国としてのロシアの国際政治上の戦略に関して、佐々木報告に対し、複製された聖画像の位置づけといった宗教実践の比較可能性に関して、小島報告に対し、仏教徒移動の経済的要因に関して議論を提起しました。その他、小島報告で紹介された地域情報学(時空間マッピング)の手法に関しても質問が出されました。
第2パネル「環境」
環境をテーマとする第2パネルでは、ベトナムの市場経済化における森林管理制度(平山陽洋・スラ研)、アムール川・オホーツク海の陸海統合管理の試み(花松泰倫・スラ研)、ベトナム・カンボジア国境地域の水問題(星川圭介・地域研)、の3報告が行われました。
最初の平山報告では、境界研究の中で大陸部東南アジア地域の森林/山岳地域が新しい問題として注目されてきたことが紹介され、「internal frontier」の一例としてベトナムが取り上げられました。同地域の森林は、市場経済化が進む現在、国際的な管理スキームが導入され、積極的な保護・育成政策が行われているものの、森林の分配・商品化が進む中で利権と汚職の構造が成立し始めているのも事実です。こうした状況において、「周辺」地域の「健全な」成長と自立をいかにして推し進めていくかが今後の課題となっています。
次の花松報告では、アムール川とオホーツク海の「巨大魚付林」仮説が紹介され、アムール川流域の鉄がオホーツク海に流れ込むことによって豊かな漁場を形成していることが指摘されました。しかし、アムール川流域の開発や汚染によって溶存鉄が減少している現在においては、これまで連携の薄かった日中露蒙四カ国が協力する必要があります。花松氏は自らが関わっている多国間学術ネットワーク「アムール・オホーツクコンソーシアム」に言及しつつ、国際法を専門とする立場から国際的な環境監視の現状および今後の見通しについて報告しました。
最後の星川報告では、ベトナムのメコン・デルタ地域において大規模な「治水」対策が行われており、2500キロ平方メートルもの広大な土地が大規模堤防によって「防護」されるようになった点が、最新の衛星画像処理技術を用いつつ紹介されました。洪水期には休耕せざるを得なかったこれらの地域では、コメの三期作が可能となりましたが、かつての「遊水地」に流れ得なくなった分の水が市街地を含む他の地域、さらには国境を越えたカンボジアにも流れて新たな洪水問題を引き起こしており、将来的には国際問題に発展する可能性もあります。
以上の3報告に対し、人間活動と気候・水循環の相互作用を専門とする甲山治氏(京大東南アジア研究所)がコメントを行いました。氏は、平山報告に対し、国際的基準と各地方レベルでの齟齬を解決する方策に関して、花松報告に対し、政策と科学、あるいは人文社会系と自然科学系との折り合いの付け方について、星川報告に対し、農業促進と洪水対策のバランスを取る方策について、それぞれ議論を提起しました。その後、司会の柳澤雅之氏(地域研)からも、メコン川委員会といった国際的な河川管理の事例が紹介され、科学的知見と政策の実施をどのように組み合わせるか、平たく言えば文系・理系双方の知恵をどうバランス良く生かすかという点について議論が行われました。
(文責:福田宏・地域研)
全国には、JCAS(地域研究コンソーシアム)に所属する研究機関だけで考えても、100近くの地域研究に関連する組織があります。これまで、アメリカ、アジア、アフリカ、南米、スラヴ・ユーラシアといった個々の地域について、それぞれの研究組織が相応の業績を上げてきましたが、最近では、一つの地域だけでは解決できない問題が増えてきているのも事実です。今回のワークショップでは、最初に岩下GCOE代表が「境界研究の最前線」と題する講演を行い、その後、計6名の若手研究者による報告を軸としつつ、人の移動(巡礼)や環境という二つの具体的かつ地域横断的な課題に取り組みました。
講演:岩下明裕「境界研究の最前線:北方領土・尖閣・竹島」
岩下GCOE代表は、まず最初に世界各地のボーダーを紹介し、人や地域を区分するという境界現象が場所ごとに異なる側面を有しながらも、或る意味では共通性を持っているという点を指摘しました。例えば、対馬に根室や小笠原の人が集まり、更にはアメリカやヨーロッパの人が集まって議論してみると、色々な共通点が見えてくることがあります。二カ国で言い争っている領土問題にしても、異なる地域の視点を入れると柔軟なアイデアが生まれることもあるでしょう。ただし、境界現象はどこでも同じというわけではありません。具体的なボーダーを検討するに当たっては、現場の状況をきちっと知ることが必要不可欠です。中央政府が境界地域の利益を声高に叫んでいたとしても、実際の境界地域に生きる人にとっては的外れということもあります。以上の実践面での議論に加え、岩下GCOE代表は、政治地理学の重要性についても言及しました。もちろん、戦前の地政学をそのまま復活させるというわけではないのですが、領海・領土・主権といった概念について正面から向き合うことが今の時代には必要だと言えます。
第1パネル「巡礼」
宗教的理由に基づく人の移動をテーマとする第1パネルでは、旧ソ連諸国からのイスラム教徒のメッカ巡礼(長縄宣博・スラ研)、ペルー人移民の巡礼(佐々木直美・法政大学国際文化学部)、中国・ミャンマー国境地域における仏教徒の移動(小島敬裕・地域研)、の3報告が行われました。
最初の長縄報告では、ダゲスタンとタタルスタンの事例が取り上げられ、現代ロシアのメッカ巡礼およびそれに伴う資金の流れにより、ムスリム社会に大きな影響が及んでいる点が指摘されました。ロシア連邦には約2千万のムスリムがいますが、サウジアラビアから配分されている巡礼者枠は僅かに2万人台であり、誰がメッカに行けるかについては政府機関によって集権的に管理されています。そのため、巡礼そのものが利権を伴う一種のビジネスと化している他、国際政治上の駆け引きやテロリズムなどの問題も絡んで複雑な様相を呈しています。
次の佐々木報告では、ペルーの伝統的な宗教行事「奇跡の主聖行列」が、国外に移住したペルー人によって世界各地で実践されている点が紹介されました。この宗教行事は、日本に移住したペルー人によっても行われ、参加者同士の社会的紐帯を強める効果を生み出していますが、日本の公道では聖行列が許可されないため、ペルー人社会とマジョリティ社会の「境界」が顕在化する結果にもつながっています。その意味では、他の地域のように、ペルー人だけでなくマジョリティ社会に開かれた形での行事となりにくいという問題があります。
最後の小島報告では、中国雲南省徳宏およびミャンマーの上座仏教徒社会に焦点が当てられ、東南アジアの他の地域との比較を視野に置きつつ分析が行われました。ミャンマーとの国境地域に位置する徳宏では、他の東南アジア大陸部とは異なり、出家が少なく在家者が多く見られる他、仏教徒の移動マッピング技術により、ミャンマーとの越境的なネットワークの存在と移動の実態が明らかとされました。今後は、これまで蓄積した膨大なデータを整理し、仏教徒の宗教実践をより明確な形で可視化することが予定されています。
以上の3報告に対し、ユダヤ人のウマン(ウクライナ)巡礼等について研究を行ってきた赤尾氏(阪大文学研究科)がコメントを行いました。同氏は、長縄報告に対し、イスラム大国としてのロシアの国際政治上の戦略に関して、佐々木報告に対し、複製された聖画像の位置づけといった宗教実践の比較可能性に関して、小島報告に対し、仏教徒移動の経済的要因に関して議論を提起しました。その他、小島報告で紹介された地域情報学(時空間マッピング)の手法に関しても質問が出されました。
第2パネル「環境」
環境をテーマとする第2パネルでは、ベトナムの市場経済化における森林管理制度(平山陽洋・スラ研)、アムール川・オホーツク海の陸海統合管理の試み(花松泰倫・スラ研)、ベトナム・カンボジア国境地域の水問題(星川圭介・地域研)、の3報告が行われました。
最初の平山報告では、境界研究の中で大陸部東南アジア地域の森林/山岳地域が新しい問題として注目されてきたことが紹介され、「internal frontier」の一例としてベトナムが取り上げられました。同地域の森林は、市場経済化が進む現在、国際的な管理スキームが導入され、積極的な保護・育成政策が行われているものの、森林の分配・商品化が進む中で利権と汚職の構造が成立し始めているのも事実です。こうした状況において、「周辺」地域の「健全な」成長と自立をいかにして推し進めていくかが今後の課題となっています。
次の花松報告では、アムール川とオホーツク海の「巨大魚付林」仮説が紹介され、アムール川流域の鉄がオホーツク海に流れ込むことによって豊かな漁場を形成していることが指摘されました。しかし、アムール川流域の開発や汚染によって溶存鉄が減少している現在においては、これまで連携の薄かった日中露蒙四カ国が協力する必要があります。花松氏は自らが関わっている多国間学術ネットワーク「アムール・オホーツクコンソーシアム」に言及しつつ、国際法を専門とする立場から国際的な環境監視の現状および今後の見通しについて報告しました。
最後の星川報告では、ベトナムのメコン・デルタ地域において大規模な「治水」対策が行われており、2500キロ平方メートルもの広大な土地が大規模堤防によって「防護」されるようになった点が、最新の衛星画像処理技術を用いつつ紹介されました。洪水期には休耕せざるを得なかったこれらの地域では、コメの三期作が可能となりましたが、かつての「遊水地」に流れ得なくなった分の水が市街地を含む他の地域、さらには国境を越えたカンボジアにも流れて新たな洪水問題を引き起こしており、将来的には国際問題に発展する可能性もあります。
以上の3報告に対し、人間活動と気候・水循環の相互作用を専門とする甲山治氏(京大東南アジア研究所)がコメントを行いました。氏は、平山報告に対し、国際的基準と各地方レベルでの齟齬を解決する方策に関して、花松報告に対し、政策と科学、あるいは人文社会系と自然科学系との折り合いの付け方について、星川報告に対し、農業促進と洪水対策のバランスを取る方策について、それぞれ議論を提起しました。その後、司会の柳澤雅之氏(地域研)からも、メコン川委員会といった国際的な河川管理の事例が紹介され、科学的知見と政策の実施をどのように組み合わせるか、平たく言えば文系・理系双方の知恵をどうバランス良く生かすかという点について議論が行われました。
(文責:福田宏・地域研)