研 究 の 最 前 線

◆ 1997年度冬期研究報告会の開催  ◆

センター恒例の冬期研究報告会は、来年1月29日(木)〜30日(金)に開かれます。今年度は、センターを中心におこなってきた重点領域研究「スラブ・ユーラシアの変動 ― 自存と共存の条件 ― 」の最終年度に当たります。そこで、今年度の冬期研究報告会は、重点領域研 究の公開シンポジウムを兼ねておこなうことになりました。現在の予定では、プログラムは次 のとおりです。

1998年1月29日(木)

開会の辞(15:15〜15:30)「領域研究の視点」:皆川修吾(北大)

第1セッション(15:30〜17:30)「スラブ・ユーラシア地域固有の価値体系とはなにか」

 報告者予定:家田修(北大)、望月哲男(北大)、宇山智彦(北大)

 コメンテーター予定:川端香男里(中部大)、木戸蓊(神戸学院大)

懇親会(18:00〜)

1月30日(金)

第2セッション(9:30〜11:30)「共存(国家・社会・民族)の条件とその検証の成果は」 

 報告者予定: 横手慎二(慶応大)、井上紘一(北大)、西村可明(一橋大)

 コメンテーター予定:木村汎(国際日本文化研)、加藤九祚(創価大)

第3セッション(13:00〜15:00)「何のための体制変換なのか、そしてその展望は」

 報告者予定:大津定美(神戸大)、田畑伸一郎(北大)、塩川伸明(東大)

 コメンテーター予定:佐藤経明(横浜市立大名誉教授)、伊東孝之(早稲田大)

第4セッション(15:15〜17:15)パネルディスカッション:「スラブ研究の未来」

 パネラー予定:スラブ研究センター長ほかスラブ関連学会代表者など

閉会の辞(17:15〜17:30)「研究成果と今後への期待」:皆川修吾(北大)

以上のように、重点領域研究の成果のとりまとめが中心的なテーマとなりますが、公開シン ポジウムですので、多くの方々の参加を歓迎いたします。なお、例年は、センター滞在の外国 人による報告がこの冬期研究報告会のなかでおこなわれますが、今年度は2月19日(木)〜 20日(金)に4人の外国人研究員(アルトシューラー、ミロノフ、ポトゥルニツキー、ボゴモー ロフの各氏)による報告会を別個に開く予定です。[田畑]

◆ 「開発と環境」に関する船上公開セミナーを開催 ◆

センターは、9月10日、北大水産学部の練習船「おしょろ丸」を利用して「サハリン大陸棚 の『開発と環境』を考える」船上公開セミナーを初めて開催しました。

現在、サハリン島北東部の大陸棚では世界の石油メジャーや日本企業を中心に「サハリン−1」、「サハリン−2」と呼ばれる二つの巨大な石油、天然ガス開発プロジェクトが本格的に始動しております。開発にともなって、この地域の持続的な経済発展が期待できる一方では、環 境破壊の問題も深刻になるものと想定されます。開発が進むこのオホーツクの海は自然・気象 条件が苛酷で、デリケートな生態系をもつことでも知られています。万一、開発現場の井戸元や輸送途中で原油流出事故が発生すれば、北海道の沿岸地域に甚大な被害を与えかねません。すでに「黒い流氷」という言葉が定着しはじめていることからもうかがえますように、開発にともなう北海道企業の参入可能性といった経済波及効果に期待を寄せる反面、環境問題への道民の関心も強まっております。

以上のような背景の下で、ロシア極東地域も研究対象としているセンターは、道民との接点を求めてサハリン大陸棚開発問題に強い関心を寄せている地方自治体の協議会を中心に船上セミナー参加を呼びかけました。お陰様で定員の50名を上回り、開始予定の30分前には参加者全員が揃うといった盛況ぶりでした。

限られた時間のなかで、センターの村上が「開発と後方支援基地」の問題を、社団法人北海 道地域総合研究所荒井理事長が「経済的波及効果」の問題を取り上げて、開発の現状と経済効 果のポジティブな側面に前向きに対応する必要があることを強調しました。これに対して北大 低温科学研究所の青田教授はアムール川の水が開発現場を通過して、北海道のオホーツク側、 さらには根室沖から苫小牧方面に流れる姿を紹介いたしました。工学部の佐伯教授は近年石油 メジャーは開発設備に余りお金をかけなくなってきている現実と低コスト開発の危険性を指摘 しました。水産学部の中尾教授は海の汚れが貝類に与える影響を報告しました。
おしょろ丸

講義終了後、午後の半日は小樽から積丹方面の航海 を楽しみ、夕方ビアパーティを開催して交流を深めました。この船上セ ミナーは限られた時間ではありましたが、参加者の皆さんの多くから感 謝の言葉をいただきました。サハリン大陸棚の開発にともなう環境問題 はこの日に講義をおこなった内容だけにとどまりません。開発地域が野鳥の生息地であること、ニブヒ族や漁民の生活に深刻な影 響を与えること等々、今後「開発と環境」という二律背反の問題を総合的に分析する必要性を 改めて痛感させられました。幸い、北大ではさまざまな分野で「北」のことが研究されていま す。今後、自然科学、人文科学および社会科学の分野から「開発と環境」問題を総合的に研究したいと考えています。[村上]

●船上セミナーのプログラム

◆ 客員教授の募集について ◆

センターでは、専任研究員とともに、日本の公私立大学に所属される3人の客員教授が研究活動をおこなっています。この制度のいっそうの活用をはかるため、1998年度からは客員教授の公募をおこなうことにしました。選考は、センターで実施していただく研究プロジェクト(期間1年)の内容を考慮しておこなわれます。とくに、センターの資料を活用した研究プロジェクトの提案が歓迎されます。

応募資格:人文・社会科学の諸分野におけるスラブ地域の研究者で、国立大学以外の日本の大学(公私立大学)の教授および助教授、またはそれに相当する能力を有すると 認められる者。1998年4月1日現在、63歳未満。

勤務内容および条件:1998年度に17日間程度(休日を除く)センターに滞在し、センターの施設・資料を利用して研究をおこなう。そのための滞在費、旅費が非常勤講師 手当、交通費として支給される。

募集人数:2名

応募希望者は、1997年12月末日までに、研究プロジェクト名とその概要(A4判1枚、様 式自由)、履歴書、研究業績一覧をセンター事務掛宛に郵送して下さい。なお、応募書類は返却 しません。決定は1998年2月下旬までにおこない、審査結果を応募者に通知します。また、こ の件についての問い合わせも事務掛宛(Tel. 011-706-3156)でお願いします。[林]
受講者にはビジネスマンが目立つ

◆ 本年度の鈴川基金奨励研究員 ◆

本年度の鈴川研究員、池本今日子、雲和広、鴻野わか菜、中山えつこ、森美矢子の5氏は国 際シンポジウムの期間をふくむ7月から8月にかけてセンターに滞在され、資料収集などに従事されました。7月8日と25日には各自の研究テーマについて短い報告もしてもらいました。[大須賀(み)]

◆ 韓国から訪問研究員、スイスから研究生 ◆

韓国から石和靜(Seok, Hua-Jeong)さんが訪問研究員としてセンターに滞在しています。

石さんは漢陽大学校史学科講師で、センターでの研究テーマは「セルゲイ・ウィッテとロシ アの東アジア政策」です。また、スイスからスザンネ・コラー(Susanne Koller)さんが研究生としてセンターに滞在しています。コラーさんはチューリヒ大学の大学院生で、研究テーマは「千島アイヌの歴史」です。石さんは1997年8月から1年間、コラーさんは、1997年10月から1年半の予定でセンターに滞在しますので、どうぞよろしく(連絡先は、お二人とも011- 716-2111内線3112)。[原]

◆ 専任研究員セミナー ◆

9月19日に、松里公孝研究員が「19世紀から20世紀初頭にかけての右岸ウクライナにおけるポーランド・ファクター」と題する報告をおこないました。コメントは北大法学部の田口晃 氏にお願いしました。

本報告は、右岸ウクライナの地域史を、単にロシア政府・大ロシア人とウクライナ人との関 係だけでなく、ポーランド人などの諸民族を含む民族間関係の理解をもとに解明しようとする試みです。本報告の問題意識の一つは、単一の支配民族である大ロシア人が他の被支配民族と対峙するという「ロシア帝国=民族の牢獄」論を批判し、ロシア帝国のコスモロジーが、ポーランド人をはじめ大ロシア人より文化水準の高いエトノスを抱え込んでいることを、率直に認めるものであったとする考えです。また、「ウクライナ史」と「ウクライナ民族史」と「ウクライナ民族運動史」を混同する最近のウクライナの歴史学に対して、厳しい批判が加えられています。討論では、本報告の野心的な試みに高い評価が与えられると共に、統計の扱いや、ウクライナ語への抑圧の問題について、修正意見が出されました。[宇山]

◆ 長谷川毅氏による研究書の出版 ◆

1980年代にセンターの専任研究員を務め、現在、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の 教授として活躍されている長谷川毅氏が、日露関係に関するご自身のこれまでの研究をまとめたThe Northern Territories Dispute and Russo-Japanese Relations, Volume 1: Between War and Peace, 1696-1985; Volume 2: Neither War Nor Peace, 1985-1997をカリフォルニア大学バークレイ校の国際・地域研究出版部から近々出版されます。お問い合わせは、同出 版部のDavid L. Szanton氏まで(Tel: 510-642-5284, Fax: 510-642-9466, E-mail: szanton@ucl.ink.berkeley.edu)。[編集部]

◆ 研究会活動 ◆

ニュース70号以降の北海道スラブ研究会とセンター特別研究会の活動は以下の通りです。[大 須賀(み)]

7月 9日 林忠行(センター)「NATO・EU東方拡大問題と中欧諸国の対応 ― ポーランド・チェコでの調査報告」(昼食懇談会)

7月 25日 T. バトバヤル(国際関係学・東洋学研・モンゴル)“Soviet-Japanese Relations and the Mongolian People's Republic, 1932-1936”(特別研究会)

7月 28日 兎内勇津流(センター)「アメリカ西海岸ロシア・東欧研究図書館を訪ねて」(昼食 懇談会)

9月 16日 V.M. サンギ(作家・ロシア)「サハリンの開発と環境問題」(特別研究会)

村上隆(センター)「サハリン大陸棚開発の現況」(昼食懇談会)

10月 7日 O. アレクサンドロヴァ(ロシア、東欧、国際関係研・ドイツ)“Ukraine and Western Europe”(特別研究会)

10月 14日 井上紘一(センター)「ロシアでの2カ月滞在の印象」(談話会)

1997年度夏期国際シンポジウム開かれる

7月16日から18日にかけて、恒例の夏期国際 シンポジウムが開催されました。今回は“共存のモデルを求めて ― スラブ・ユーラシアの変動に見る民族の諸相 ― ”というテーマのもとに7セッションを設定、それぞれのセッションでは100名を超す出席者を交えて、「共存モデルの模索」をめぐって活発な議論が展開されました。

17日におこなわれた「民族の共存」「共存の政治学」「言語と民族の問題」の3セッションでは、主として民族ないし言語集団を共存の単位として、民族間関係や言語・民族政策をめぐる諸問題が論議されました。翌18日の「ロシア帝国における共存」「地域とアイデンティティ」「環境汚染と共存」のセッションでは、古くて新しい「ロシア人の問題」に加えて、さまざまな民族の混住する地域(例えば中央アジアやシベリア)を単位とする「共存モデル」も提起されるとともに、放射能汚染やアラル海異変といった激烈な環境破壊は、国家地域・民族を横断した新たなる協力体制、つまり新規の「共存モデル」を樹立することなしには対処しえぬという展望が、説得力をもって提示されました。
セッションのようす

なお7月16日には、二つの重点領域研究、すなわち「スラブ・ユーラシアの変動」(総括代 表:皆川修吾・当センター教授)および「現代中国の構造変動」(総括代表:毛里和子・横浜市 立大学教授)の合同パネル「体制変容下のスラブ・中国」が組織され、両領域研究関係者の対 話が試みられました。

17〜18日のシンポジウムの報告集は年度内に欧文で刊行の予定です。16日の合同パネルについては、『体制変容下の中国・スラブ・ユーラシア』(「スラブ・ユーラシアの変動」領域研究 報告輯No.40)としてすでに出版されています。[井上]

学 界 短 信

◆ 日本ロシア文学会第47回総会開催される ◆

10月3・4日の両日、富山大学において、日本ロシア文学会第47回定例総会および研究発表会が開催された。

今回の研究発表会では21の報告がなされ、はじめて3分科会方式をとることとなった。報告のテーマに関しては、今世紀の文学をあつかったものが多数を占めた。

昨年度から始められたロシア語教育ワークショップにおいても、最新のメディア環境を利用した取り組みが発表され、多くの聴衆を集めた。さらに、有志が翌日も居残って話し合いを続けた。

なお、原卓也会長の任期切れに伴って会長選挙がおこなわれ、新会長として佐藤純一氏が選 出された。[藤田]

◆ ロシア・東欧学会第26回大会開催される ◆

ロシア・東欧学会第26回大会が10月3〜4日、京都大学経済研究所がホスト校になり、京 大会館で開催された。今大会では二つの共通論題:「脱社会主義過程の検証 ― ロシア・中東欧における民主化、市場化、市民社会の変化から」;「社会主義とは何であったか ― 社会主義体制崩壊のアポリア」が設定され、センターの専任研究員も若干名(林忠行、山村理人、村上隆、 皆川修吾等)なんらかの形で参加した。当大会の総会では新理事の承認があり、新構成員の中、センターから林忠行と皆川修吾が加えられた。総会ではまた下記の新役員が承認された。[皆川]

学会代表理事・川端香男里(中部大) 副代表理事 大野喜久之輔(広島市立大)

学会事務局長・長谷見一雄(東大) 年報編集委員長・五井一雄(中央大)

◆ ICCEESの太平洋地域大会についての変更 ◆

 ICCEES(中・東欧研究世界学会)の太平洋地域大会が1998年7月7〜10日にメルボル ンで開かれることになっていたが(本誌No.69参照)、組織者側が期待していたほどにはパネルの応募がなく、Australian Association for Communist and Post-Communist StudiesとAustralian and NewZealand Slavists' Associationの共催として開かれることになった。これに伴い、パネルの提案の期限は12月15日まで延長され、また、テーマには、中国、ベトナムなど、アジアの共産主義諸国およびポスト共産主義諸国に関する研究が含まれることになった。詳しくは、ICCEESのニュースレターNo.39またはインターネット上のICCEESのページを参照のこと(センターのホームページからもリンクあり)。[田畑]

◆ 学会カレンダー ◆

11月20〜23日 AAASS(米国スラブ研究促進学会)第29回年次大会。於シアトル。連絡先:AAASS, 8 Story St., Cambridge, MA 02138, USA.

1998年1月29〜30日 スラブ研究センター1997年度冬期研究報告会。

2月19~20日 スラブ研究センター外国人研究員による報告会。

7月7〜10日 ICCEESの太平洋地域大会。於メルボルン。

7月23日〜8月2日 国際ドストエフスキーシンポジウム1998。於コロンビア大学、 ニューヨーク。連絡・照会先:Robert L. Belknap , Slavic Dept. 708 Hamilton Hall, Columbia Univ. New York, NY 10027 USA. Tel. 212-854-3941; Fax. 212-854-5009; e-mail: dm387@columbia.edu

9月24〜27日 AAASS(米国スラブ研究促進学会)第30回年次大会。於フロリダ。

図書室だより

◆ アメリカ西海岸の大学図書館を訪ねて ◆

兎内勇津流

原さんが、ALAの大会に行ってみませんか、と声をかけてくださったのが、ことの発端だった。ALAとは、American Library Associationのことで、3万人余りの会員を擁する世界最大の図書館員の職能団体であり図書館団体である。

いったい、日本の図書館は、アメリカの影響を強く受けている。資料を分類によって排架し、主題の近接する資料を集中させて直接書架に接する利用者の便をはかる分類排架が広く普及したのは、アメリカからである。分類法にしても、NDC(日本十進分類)は日本で最も普及してい る分類表だが、この原形となったのはDDC(デューイ十進分類)およびカッターの展開分類表で、いずれもアメリカ生まれである。

日本の図書館がアメリカに負っているのはこればかりでなく、目録、利用者サービスのあり方、職業としての司書、経営論など、ソフトからハードまであらゆる面でアメリカの影響は大 きい。情報電子化時代の現在、その傾向はかえって強くなるように感じられる。

しかし、わたしのここ10年弱の図書館生活の中で、ALAの大会に出た人の話を聞いたことがなかった。ならば、自分で見てこよう。ということで、行かせていただくことにした次第。

会場はサンフランシスコ。ここは、スタンフォードやバークレーに近く、周辺の図書館を見学するだけでも刺激になるだろう、と秋月さんにも紹介をお願いして、優れたロシア東欧コレ クションを擁する彼の地の図書館をいくつか見学することにした。

今の時代、こういう時に便利なのは電子メールとFAXである。先方に手紙を送ると早速電子メールが来て、ロシア・東欧関係の仕事に携わっている図書館員でメーリングリストをやって いるので、入らないかとの誘い。ありがたく、入れていただくことにする。

ほとんど毎日のように投稿があり、全米の主要学術図書館のスラブ関係者の大方を網羅しているもよう。参加者は200人強とのことである。レスポンスも早く、質問が投稿されると、ほ とんどその日のうちに回答が投稿される。

ALAの大会は、サンフランシスコの都心にあるモスコーニ・コンベンションセンターとその周辺のホテルを会場に、6月27日から7月3日までの日程で行われた。

この会議は、ミーティングの数が全部で3500というマンモス大会であり、国土の広い合衆国民にとっては、年に一度離れたところで働く同僚たちと顔を会わせることのできるよいチャンスであろう。ちょうど、夏至を過ぎたばかりのころで、日が長い上に夏時間のため、夜9時過ぎまで明るい。

この会議で、わたしは三つのセッションに参加した。

ひとつは、“Changing roles in a changing profession”というパネルで、アリゾナ大学図書館のカーラ・ストフル女史の報告。図書館には専門職としての司書の他多数のスタッフが働いているが、ミーティングを持つなどして彼らを図書館運営に引き込むことで、サービスの改 善ができたという話。質疑では、これは単に経営上のバグを直しただけじゃないのか、などの声が上がり、報告者は否定していたが、反証できたとは思えなかった。

しかし、個々のケースについての判断は置くとして、図書館組織のあり方に変革が必要と考えられるようになったのには疑いない。これまで専門職としての司書は、組織の中核として機 能してきたわけだが、図書館が情況の変化により効果的に対応する上で、その人的パワーを十分に引き出すためには、より柔軟な組織が模索されているのである。

次に出席したのは、“From catalog to gateway : URI's, metadata, Dublin Core”というパネルである。URIというのは、Uniform Resource Identifierのことで、ネットワーク上にぶちまけられたような状態で散在する電子的情報資源にアクセスするためには、どのような形でその場所を指示すればよいかということを議論したわけである。メタデータというのは、 データについてのデータである。図書や雑誌などについては、通常目録がつくられる。これもデータ(すなわち資料)そのものではなく、資料を指し示すデータであり、メタデータの一種 と言える。

ダブリン・コアは、その具体化の第一歩というべきもので、電子化された図書館資料の目録の標準形式(MARC)を拡張して、ネットワーク上その他の電子的情報資源固有の情報を記録し ようというものと受け止めた。OCLC(日本の学術情報センターに相当する世界最大の書誌サービス提供機関。民間の非営利組織。)が議会図書館と連絡を取って進めているプロジェクト のようである。ちなみに、OCLCはオハイオ州ダブリンにある。

もうひとつ、“Slavic area studies consortia and cooperative ventures”というパネルにも行った。ここではスタンフォード大学グリーン図書館のスラブ部門を担当するザレフスキが、Pacific Coast Slavic Library Consortiumという、去年発足した西海岸の大学図書館の相互 協力活動について、逐次刊行物の総合目録作成、収集方針の公開と重複資料の融通などを進めていると報告した。この仕事は、コンソーシアム専任のスタッフを得られない環境で、互いに負担にならないように、参加館の義務を最小限にして行っているということである。合衆国東部の図書館スラブ部門間での相互協力については、エール大学のルコヴィクから報告があった。参加館はこちらの方が多いようである。この後さらに、ドイツ関係、および日本関係資料収集についての共同プロジェクトについての報告もあった。しかしながら、後二者はまだ具体的な 進展は少ないようである。

今回の会議の前後を利用して、都合4つの図書館を訪問した。

最初に訪ねたのは、スタンフォード大学フーバー研究所のジョセフ・ドワイヤー氏である。

フーバー研究所は、第一次世界大戦の資料収集を目的に1919年に創立されたが、現在では20世紀政治史全体を対象にしており、ロシア政治史に関するコレクションは全米でも最高レベ ルとのことである。図書館の他、これまた非常に価値の高いアルヒーフがある。ドワイヤー氏は、想像していたより非常に若々しく、多忙の中を喜んで館内を案内くださった。見たとこ ろ、新聞に非常に力を入れている事がわかる。ロシア語図書は、主にEastviewから見計らいでくるものから選んでいるとのこと。今年はすでに4回モスクワに出張してきたとのこと。現

地の機関と契約して、さまざまな傾向の新聞や政党のパンフレット類を集めてもらい、それを取りに行くのだそうである。アメリカに着いた翌日で、顔から疲労と緊張を感じたのであろうか、飛行機の長旅が疲れるんだよなと言ってくださった。なお、東欧関係はドワイヤー氏の担 当を離れ、別の専任者がいるとのこと。

翌日は、同大学の中央館であるグリーン図書館に、ヴォイテフ・ザレフスキ氏を訪ねた。

彼の部屋は、参考図書室の奥にしつらえた、キュレーターたちの小部屋がならんだ一角に あった。

この図書館は、これこそまさに大規模学術図書館という感じである。

ロシア・東欧関係でどれくらいの資料数があるか質問を向けると、答えられないとのこと。コレクションとしてはスラブ部門は分かれておらず、他の資料と一体で管理されているのであ る。しかし、蔵書が非常に充実していることは明らかで、ポーランド文学だけでも何連もの書架が続く。総じて、東欧関係は、日本の大学図書館とはかなりの差を感じさせられる。こと東 欧に関して言えば、スラブ研とはコレクションの規模が一桁違うのではなかろうか。

次に充実ぶりに目を瞠ったのは、雑誌である。新着雑誌の書架を案内していただくと、見た事のない雑誌が次々と並んでいる。スラブ研では、毎年非常に厳しい雑誌の選択を余儀なくされていることを思い、羨望を禁じ得ない。ただし、新聞の購読は、フーバー研究所に充実したコレクションがあるので、ごく少数にとどめているとのことである。

カリフォルニア大学バークレー校図書館を案内してくださったのは、アラン・アーバニック氏である。

ここの図書館のスラブ・コレクションは第一次大戦後、マサリクやベネシュの蔵書を土台に構築が始まったとのこと。91年に旧図書館の脇の道路を掘りこんで地下書庫を建設したが、収容能力が足りないので、利用度の少ない資料を北に数十マイル離れた場所に別置しているとのこと。バークレーに置いているのは3分の1くらいだという。

館内には、建物の模型や、工事中の写真を展示した場所がある。その中にいくつか、図書館員の集合写真があったが、わずか4年前の集合写真に写っている人で、今もここに勤めている 人は半分以下という。ここ数年、猛烈な人員削減があり、ロシア語をはじめとして、(あまり適切な表現ではないが)マイナー言語の目録作成者はほとんどいなくなったのだそうである。

参考室では、コンピュータの前で、オンライン目録やその他のデータベースなどの利用を見せていただく。CD-ROMサーバに格納されたデータベースや外部のオンラインサービスへのアプローチが、WEBやWindowsのアイコンの形で利用しやすく整理されている。この中には、INION(社会科学学術情報研究所)のデータベースや、ロシア各紙の新聞画像もある。
カリフォルニア大学バークレー校の図書館
いずれも、いくつかの大学図書館と共同で申し込んだとのこと。前者はRLIN、後者はEastviewのサーバに情報を置いていて、回線の遅さに苛々せず、快適に利用できる。このINIONのデータ ベースは、ロシアの論文索引として、社会科学だけでなく、文学や歴史研究者にも有用なものと思われる。これらのデータベース類は、キャンパス・ライセンスになっていて、学内からの 接続であれば、利用者が直接料金を負担することはない。

同じサンフランシスコ圏内にあるスタンフォードとの関係は良好で、互いのオンライン目録の利用を開放したり、互いの利用者の来館や相互貸借に特別の便宜を図っている。利用者は自 分でスタンフォードの蔵書目録を検索して、必要があれば直接先方に出向いて資料を利用できるし、貸出を申し込んだら迅速に処理されるということ。

会議が終わると、最後は、シアトルに飛び、ワシントン大学のスザロ図書館をマイケル・ビギンズ氏に案内していただく。

この図書館、後ろがアレン図書館という名前で、建物としては一体になっている。この大学卒業生で、ビル・ゲイツと共同でマイクロソフト社を創業したポール・アレン氏が1989年 にこの建物を寄付したのだそうである。500万冊の資料を持つ大図書館だが、おかげでスペース問題には苦しんでいないようす。

ロシア、東欧関係の資料は非常に充実している。どこに出しても通用するレベルではないかという感じである。スラブ関係の図書の年間受け入れ数は約6,000冊、購読中の雑誌は1400誌、新聞50誌。ロシアと東欧とが半々になるようにしている。中央アジアやバルトにも力を入れているとのこと。

これまでに挙げた他の館でもそうだったが、特に東欧の資料に関しては交換の比重が高い。東欧諸国の国立図書館はとりわけ重要なパートナーとなっている。

東欧諸言語の資料という、流通機構が不安定で、単価が低く、典型的な少量多品目生産物で、輸出需要が少ないという商品を扱う業者はできにくい。アメリカの図書館としては、もっと安 定した資料供給源がほしい。一方、東欧諸国の図書館にとっては、外国文献、とくに英語文献入手は重要であり、互いのメリットを求めることで、資料の交換が成立する。先進国での予算 削減により、国際交換の斜陽がいわれるが、こうした、善意や寄付の延長というよりむしろビジネスとしての交換の太い流れが合衆国とロシア・東欧諸国を結んでいることは、今回気付か された大事な点である。

モスクワや、ロシアに偏らずにコレクションを築くのはたやすくないが、地域的にも党派的にも多様な出版物を収集することは、これからのスラブ地域研究の物質的基礎と言える。その ためには、東欧関係資料の充実が重要であり、息長く取り組まねばならない課題である。

編 集 室 便 り

◆ 『スラヴ研究』 ◆

第45号(1998年3月)への投稿は9月末で締め切られ、現在審査をおこなっています。執筆 予定者は次号で発表します。また、46号への投稿希望も受け付けています。関心のある方はご一報下さい。投稿規定と申し込み用紙をお送りします。[松里・大須賀(み)]

◆ Acta Slavica Iaponica ◆

スラブ研究センター欧文紀要 Acta Slavica Iaponica 第15号は、年内の刊行を目指して編集・校正の作業をおこなっているところです。掲載予定の論文・エッセイ・書評は以下の通り です(一部タイトルに変更の可能性があります)。

Articles
Nodari A. Simonia "Grazhdanskoe obshchestvo": gosudarstvo
Kimitaka Matsuzato "Obshchestvennaia ssypka": voenno-prodovol'stvennaia sistema Rossi V gody Pervoi mirovoi voiny
Evgenii V. Anisimov Narod v eshafota
Hisako Kubo "Sektantskie motivy v Chevengure Andreia Platonova"
Viktor Ivanov & Akifumi Takeda "K interprotatsii stikhotvoreniia Velimira Khlebnikova "Mnevidny-Rak.Oven...
Stephen Kotkin "Robert Kerner and the Northeast Asia Seminar"

Essays
Irina P. Kozhevnikova "Da byli livdi": Davniaia Ctranitsa russko-iaponskikh Otnoshenii
Sergei A. Arutiunov "The Russian Empire and its Typological Analogies(Idle Thoughts Looking at the World Map)"

Book Reviews
Evgenii V. Anisimov "Koiti Toekava.Orenburhi Orenburgskoe kazachestvo vo vremia vosstaniia pugacheva 1773-1774gg. M.,1996"
Naoko Hirooka "Hiroshi OkudaVoruga no Kakumei: Sutarin Tochika no Noson. Tokyo, 1996"

次の第16号は、1998年9月発行の予定です。執筆希望者はまず係まで御一報ください。執筆計画提出期限は1998年1月末日、原稿提出期限は3月末日です。分量は、A4版用紙(1枚 に30行程度)25枚(書評の場合は3枚)を標準とします。なるべくパソコン・ワープロで作 成し(使用機種およびソフト名を明記のこと)、フロッピーを添えて提出してください。原稿はあらかじめネイティヴ・スピーカーの校閲を受けたものでなければなりません。原稿の採否は、 複数のレフェリーの審査を経て編集委員会が決定します。 [宇山・大須賀(み)]

み せ ら ね あ

◆ 人 物 往 来 ◆

ニュース70号以降のセンター訪問者(道内を除く)は以下の通りです。[林]

7月 1日 中山えつこ氏(東大・院)

7月 14日 鴻野わか菜氏(東大・院)

7月 15日 雲和広氏(京大・院)

7月 16〜 秋野豊氏(筑波大)、天児慧 氏(青山学院大)、荒田洋氏(国学院大)、池本今

18日 日子氏(早大・院)、石川晃弘 氏(中央大)、石田信一氏(筑波大)、伊東孝之氏(早大)、 伊藤美和氏(法政大)、岩崎一郎氏(一橋大)、岩下明裕氏(山口 県立大)、上垣彰氏(西南学院大)、上野俊彦氏(国問研)、上原一慶氏(京大)、 宇多文雄氏(上智大)、岡奈津子氏(アジア研)、岡田裕之氏(法政大)、荻原眞子 氏(千葉大)、小澤弘明氏(千葉大)、加藤九祚氏(創価大)、加藤志津子氏(明 治大)、金子亨氏(千葉大)、川端香男里氏(中部大)、北川誠一氏(弘前大)、木 戸蓊氏(神戸学院大)、木村崇氏(京大)、木村汎氏(国際日文研)、源河朝典 氏(岡山大)、小島修一氏(甲南大)、小松久男氏(東大)、斎藤晨二 氏(名古屋市立大)、佐々木史郎氏(国立民博)、佐藤優氏(外務省)、佐藤経明氏(横浜 市立大)、塩川伸明氏(東大)、篠原琢氏(東京外国語大)、 下斗米伸夫氏(法政大)、鈴木健夫氏(早大)、鈴木正美 氏(芝浦工業大)、仙石学氏(西南学院大)、高尾千津子 氏(早大)、月村太郎氏(神戸大)、豊川浩一氏(明治大)、 中井和夫氏(東大)、中谷昌弘氏(新潟大)、中村友一氏 (神戸大)、長与進氏(早大)、西山克典氏(静岡県立大)、野部公一 氏(農業総合研)、袴田茂樹氏(青山学院大)、畑中幸子氏(中部大)、羽場久尾子氏(法政大)、 菱田雅晴氏(静岡県大)、藤本和貴夫氏(阪大)、宮本勝浩氏(大阪府立大)、 毛里和子氏(横浜市立大)、百済勇氏(駒沢大)、森美矢子 氏(東大・院)、横手慎二氏(慶大)、吉井昌彦氏(神戸大)、和田春樹 氏(東大)、シシュロ(B.P.Chichlo)氏(国立学術研究センター、フランス)、ガリエフ(A.A.Galiev)氏(東洋学研、 カザフスタン)、イスラモフ(B.Islamov)氏(東北大)、ジュークス(G.J.Jukes) 氏(オーストラリア国立大)、スチュアート(H. Stewart)氏(昭和女子大)、トゥラエフ(V.A.Turaev)氏(極東諸民族の歴史・考古学・民族学研、ロシア)

9月 16日 サンギ(V.M. Sangi)氏(作家・ロシア)

9月 22日 アイマーマッハー(K. Eimermacher)氏(ルール大・ドイツ)

10月 7日 アレクサンドロヴァ(O. Alexandrova)氏(ロシア、東欧、国際関係研・ドイツ)

◆ 研究員消息 ◆

井上紘一研究員は、7月27日〜9月18日の間「シベリア狩猟・牧畜民の生き残り戦略の研 究」のため、ロシア連邦に出張。

山村理人研究員は、8月6日〜18日の間「ロシア極東地域の農村社会調査」のため、ロシア連邦に出張、及び9月1日〜21日の間「スロヴァキア・ハンガリーの社会変動の現地調査」のためスロヴァキア及びハンガリーに出張。

望月哲男研究員は、8月30日〜9月8日の間「現代ロシア文芸事情と社会に関する研究」のため、ロシア連邦に出張。

家田修研究員は、9月13日〜10月15日の間「東中欧における地域協力に関する現地調査」のため、ポーランド・オーストリア・スロヴェニア・クロアチア・ハンガリー及びスロヴァキア出張。

松里公孝研究員は、9月23日〜10月19日の間「政治的地方主義の比較研究会議出席」のためロシア及びウクライナに研修旅行。

皆川修吾研究員は、9月26日〜10月2日の間「ロシア(極東)地方政治エリートの意識調査」に関する重点領域研究委託調査作業のため、ロシア連邦に出張。[加我]

今号のメインは外国人研究員3氏のエッセイ揃い踏みです。来札してわずか3〜4カ月しか経っていないのに、とてもよく日本と日本人を観察しているのに驚きます。「日本の女性は家庭では夫に対してとても大きな影響力を持っていることを知りました。」なんて、もしかしたらウチのことかしら。センターのスタッフは忙しくて、なかなか外国人研究員の方々にかゆいところに手の届くようなお世話をして差し上げられないのが、いつも悩みの種なのです。でもそれに代わってボランティアの方達が色々とやって下さっていることも知り、安心しました。それにしても3氏とも日本のことをほめること、ほめること。普段私たちはマスコミなどで、外国人が日本を批判したりこき下ろしたりした文章ばかり読んで喜ぶ、という自虐癖があるので、こんなにほめられると、こそばゆくなります。 岩下氏のエッセイはe-mailでの投稿です。このような、体験がアクチュアルに伝わってきて、軽くてマジメな文章の飛び入りは大歓迎です。 アドレスは、 mika@slav.hokudai.ac.jp ご意見や情報などもお待ちします。



1997年10月31日発行
編集責任 大須賀みか
編集協力 松田 潤
発行者 林 忠行
発行所 北海道大学スラブ研究センター
060 札幌市北区北9条西7丁目
011-706-3156、726-8782
Fax. 011-709-9283
インターネットホームページ:http://src-h.slav.hokudai.ac.jp