中欧諸国と日本人の知的対話が、小規模ながらつづいている。
ことの発端は、1996年9月中旬にブダペストで開催のハンガリー建国1000周年を祝う大会に日本人が多数参加したことだった。
この大会の一つのプログラムとして、「中欧と日本との間の新対話」と題するシンポジウムが、9月16〜18日の2日間にわたって開催された。主としてハンガリー科学アカデミー所属の社会紛争研究所(ブダペスト)と国際日本文化研究センター(以下、「日文研」と略称)の所員が参加した。ブダペスト在住の学者の山路征典氏の尽力の賜だった。日本からの参加者は、小野芳彦、黒須里美、白幡洋三郎、木村汎(以上、「日文研」)、田中義具、山路征典、盛田常夫(当時ブタペスト在住)、伊東孝之、西村可明、岡正人氏などだった。大会全体には、山村理人、大津定美、石川晃弘などの姿もみえた。スポンサーは、国際交流基金で、ウィーンから香西・中欧事務所長が駆けつけ、素晴らしい英語でスピーチをした。田中義具駐ハンガリー日本大使は、まる二日間、会場の最前列に陣取り、熱心に参加・聴講され、大会への日本人参加者全員を大使公邸の夕食晩餐会へ招待して下さった。
2日間のシンポジウムの内容については、省略する。全ペーパー、討論が229頁の堂々たる書物となって出版されている
[A New Dialogue Between Central Europe and Japan (Budapest: Institute for Social
Conflict Research, HAS, 1997)]。
参加者一同は、中欧と日本との間の知的対話の機会が少ないことに改めて驚かされた。とくに、このような会合が実に有意義であることを認められたのは、田中義具大使(その後、軍縮大使、現在、「ラジオ・プレス」社長)である。同大使は、少なくとも隔年にこのような会合を開催、続行すべきと主張され、資金調達のために国際交流基金に足繁く通ってくださっている。
1998年12月、ポーランドのクラコウ大学を会場にして、第二回「中欧と日本との間の新対話」が開催された。クラコウ大学ばかりでなく、ポーランドの研究者、そしてハンガリーから第一回の会合の参加者3名も加わった。主催者は、クラコウ大学のG・スコンプスカヤ(Grazynea
Skapska)教授(社会学)だった。日本側からは、田中義具、伊東孝之、盛田常夫、木村汎のコア・メンバーにプラスして、ポーランド問題に詳しい松里公孝、小森田秋夫、鈴木輝二、佐藤経明、鈴木康雄氏(自治医大)、ポーランド側の要請で第1回会合の参加者である岡正人氏(横浜国大)も参加した。この会合の内容も、近く出版されるので、割愛する。