ロシアにおける国有企業改革の考察

-中国との比較-

←back

山 村 理 人(北海道大学スラブ研究センター)


中国における「国有企業改革」の問題が話題になっているが、本稿ではそれとの比較を視野に入れながら、ロシアにおける旧国有企業の問題を論ずることにする。

1. 企業オートノミー拡大の実験

ここで「国有企業改革」と呼ばれるものには、中国では「権限分散・利潤譲与」というスローガンで10年ほど前から行われてきた国有企業のオートノミー強化の問題、そして、現在問題となっている国有企業の株式会社化(コーポラティゼーション)および私有化(プライヴァティゼーション)の問題が含まれている。

企業オートノミーの面についてみると、旧ソ連のペレストロイカ時代に起きた変化が中国の場合と比較できるであろう。旧ソ連では、1987〜88年以降に、次のような変化が生じた。それは、一連の義務指標の削減による企業の意思決定領域の部分的拡大、企業を所轄する省庁の統廃合による統制の弛緩、「自主管理」的関係の導入、特に企業長人事権の従業員集団への移行、そして企業統治に重要な役割を果たしてきた党組織の権威と統制力の顕著な低下である。

これらの問題の具体的内容については、ここでは詳しくは述べないが、若干のコメントだけをしておく必要があろう。まず第一に、ペレストロイカ時代のソ連の場合、企業オートノミーは大幅に強まったとはいえ、この時期にはまだ、市場メカニズムは部分的にしか働いておらず、「垂直的」な官僚的調整メカニズムが依然として支配していたことを指摘しなければならない。すなわち、投入財の配分、各種「リミット」の設定、輸出入の割当て、価格の行政的な決定、補助金の供与など、多くの問題が中央行政機関によって決定されてきた。これらの問題について、企業経営者は、行政官庁とバーゲニングを行なわなければならず、この企業と官庁との間の「垂直的関係」が、依然として、経済システムの基本的特質をなしていた。

しかし、一方では、企業活動への直接的なコントロールが弛緩し、その結果、労働生産性の上昇を大幅に上回るような賃金引き上げや過剰投資が行なわれるようになり、これは国家財政の破綻、インフレと極端なモノ不足というペレストロイカ末期の経済的混乱の原因にもなっていった。また、各種の行政組織の活動をコーディネートしてきた党ネットワークの機能が弱まるにつれ、それぞれの機関が自分勝手に動きだし、腐敗が進み、国家官僚たちが賄賂を企業に要求するといった現象も現れた。

こうしたロシアでの経験に類似した現象は、中国で行われてきた企業オートノミー拡大の実験の中でも起きた。たとえば、Wing Thye Wooは、実験を総括して、「国有セクターの非効率性を改善しようとして最初に集権的な所有制度の枠内で市場経済の要素を導入する政策がとられたが、この実験的なハイブリッドは、腐敗とインフレを助長するだけで、効率性の上昇にはあまり役立たなかった」、「国有を維持しながら企業にハードな予算制約を課す試みは、赤字企業のリストラを促しはするが、それは、赤字を解消するのに必要な範囲だけであり、従業員と経営者への資産移転を最大化させるように作用した」と指摘している(Woo,1997,320-321)。

2. 株式会社化と私有化

ロシアでは、ペレストロイカ時代には、なお、企業は行政官庁への強い依存関係におかれ、市場メカニズムは部分的にしか機能していなかったが、ソ連崩壊後に始まった改革は、こうした官僚的調整メカニズムの多くを消滅させ、官庁の企業に対する影響力は急速に低下し、水平的で自立的な企業間関係が経済システムの主要な要素となった。ロシアの改革政権のとったさまざまな政策が、こうした変化に関連していたが、とりわけ大きな影響を与えたのは、国有企業の株式会社化と私有化の開始であった。

ロシアにおける企業私有化のプログラムの作成者、アナトリー・チュバイスのグループとそのアドバイザーたちによれば、この政策における最大の目的は、「経済生活の非政治化」ということであった。すなわち、国家官僚に依存し支配されてきた国有企業をこれから解放し、完全に自立した経済主体にすることが、何よりも重要であるとされたのである。

結局、ロシアの私有化プログラムでは、次のようなコンセプトが採用された(Boycko et al.,1995)。

第一に、コーポラティゼーション(企業支配権の国家党官僚から経営者への移転)とプライヴァティゼーション(所有権の民間への移転)を結合し、同時に行う。

このうちコーポラティゼーションとは、国有企業を株式会社化し、その公的なガバナンスは取締役会を通じて行うようにさせることである。プライヴァティゼーションが完了するまでの間(すなわち、当該企業の株式の大部分を国の手から民間の手に移すまでの間)国の株保有分は、直接の所轄官庁ではなく、「資産ファンド」という、企業とつながりも直接利害関係を持たない私有化のための専門機関に委ねられ、取締役会に参加する国の代表も原則的に「資産ファンド」からの代表とした。

第二に、政治的実行可能性を確保するために、企業幹部、従業員、地方行政府、そして一般大衆のコーアリションが形成されるような私有化プログラムを作成する。特に一般大衆の支持こそが、企業への官僚による政治的コントロールに対抗する闘いの基盤であり、そのために、プログラムは、本質的にポピュリスト的とならざるを得ない。その際、コーポレート・ガバナンスの問題等で、私有化の「質」は低下するだろうが、官僚的コントロールからの企業の独立という優先課題さえ解決できるのなら、しかたがないというのが、チュバイス等の立場であった。

こうして、チェコ共和国の私有化プログラムに範をとったバウチャー(無償で国民に配分された株式引き換え券)による私有化、および企業インサイダー(特に従業員集団)に対する所有権の優先的な配分といった政策が実施された。

企業の官庁からの独立は、多くの部門で、ほぼ完全に達成された。これについては、たとえば、筆者たちのグループが1994年秋から1995年春にかけて行った機械工業企業に関する調査の結果がある。それによると、調査企業の3分の2は株式会社化されていたが、その8割で、所轄官庁の企業への影響力は全く失われ、残りの2割についてもごく一部の問題について企業の意思決定に影響力を与えているにすぎなかった(山村,1995)*1

一方、中国では、国有企業のコーポラティゼーション、プライヴァティゼーションの問題が、現在、ようやく論じられるようになっている。市場経済化の著しい中国であるが、ロシアや中・東欧諸国に比べ、この面では後れをとっているように見える。

国有企業に対するこうしたアプローチの違いは、思想的・イデオロギー的な側面のほかに、中国とロシアや中・東欧諸国のおかれた「初期条件」の違いに由来すると、通常、考えられている。すなわち、改革前には7割が農業人口だった中国の場合、工業化のプロセスと市場経済への移行プロセスが重なっており、そのために、市場経済への移行にともなう産業構造の調整が農業から新興セクターへの労働力移動を中心として行なわれ、国有企業セクターの絶対的縮小を伴わなかった。たしかに、中国においても、国有企業セクターの成長テンポは、非国有セクターに比べずっと遅く、企業の経営・財務指標は年々悪化していったが、それでも、経済全体の成長を損なうほどまでは顕在化せずにすんでいた。

これに対し、ロシアや中・東欧諸国の改革前の産業構造は、「過度工業化」を特徴としており、市場経済への移行にともなう産業構造の調整は、工業中心の国有企業セクターからの新興セクターへの資源の移転、国有企業セクターの絶対的縮小を不可避とし、既存企業の根本的なリストラと経営の効率化が強く求められることになる。そして、多くの国で企業のリストラと効率化のための必要条件として、コーポラティゼーション、プライヴァティゼーションが位置づけられることになったのである。

3. 私有化の絶対視に対する疑問

 

しかし、国有企業の私有化を、企業のリストラや効率化のための絶対的条件として過度に強調することについては、現在では、異論も多い。国有企業でも、移行期経済の中で、それなりの適応能力を持つという考え方も存在し、特にこうした議論を積極的に展開しているのが一部のポーランドの学者である。ポーランドでは、中欧諸国の中でも国有企業(株式会社化されたが私有化はされずに国が株式を保有している企業を含む)の割合が高く、国有企業を大量に残したまま、マクロ経済の相対的安定化が達成され、経済の回復が始まったというのがポーランド経済の特徴となっている。こうした点を背景とし、また世銀などによる実際の企業調査の結果から、「国有企業は所有形態の変化なしに、行動を変化させ、市場条件に適応し、リストラすることがかなりの程度、可能であり、中期的にはこのようなアプローチはある程度有効である」、「私有化の後にリストラを行なうという順序が当たり前のように論じられているが、実は、国有企業のもとでのリストラの後に、私有化を行なうという逆の順序も現実的である(リストラを行なうと私有化をやりやすくなる)」(Ners,1996)といった議論が一部で展開されるようになっている。

西側の学者の中にも、こうした主張へ同調する者が見られる。たとえば、Josef C. Brada は、中欧諸国の国有企業の経営者が、利潤最大化を指向する通常の市場経済企業と同様の生産や投入における短期の調整策をとっており、産出量や雇用、生産能力などが、需要に応じて削減され、新しい販路、輸出市場の開拓が行われていること、経営者の報酬や従業員の賃金が財務状況に不釣り合いに引き上げられることはなく、労働コストも全体のコストと同様に削減するような努力がなされていること、さらに、多くの企業では、生き残りと発展のための長期戦略をたてるようになったことを強調している。彼によれば、国有企業に課せられるようになったハードな予算制約と信用の制約、市場や競争の圧力、破産法の導入などで、間接的ながらかなり効率的なコーポレート・ガバナンスが実現されたことが、改革当初には予想されなかったような国有企業の行動変化を引き起こした原因である(Brada,1996,79-80)。

似たような議論は、中国の国有企業改革をめぐっても、展開されているようである。本報告集の上原論文でも紹介されているように、林毅夫らの中国若手研究者グループは、「市場競争と企業の予算制約ハード化の条件が与えられれば、国有企業であっても私有企業と同じような効率性があげられる」、「十分競争的な製品市場、生産要素市場、経営者市場、資本市場の形成なしに所有権の改革だけをやると、企業経営者による不正な所有権侵害を拡大する恐れがある」と主張している(上原氏ご自身は、こうした議論を「国家機関の所有者としての収益関心の低さ、国家機関の恣意的介入という問題を捨象した一面的なもの」として批判されている)。

4. ロシア企業における経営者支配

国有企業の株式会社化・私有化がすでにかなり進んでしまったロシアの場合、上のような議論こそ、あまり見られないものの、これまで実施されてきた企業私有化が、実際には企業のリストラ、効率化に直接結びついていないという点については、ほぼ専門家の間での共通認識になっていると言える。

特に、ロシアでは、国有企業の私有化が効率的な企業ガバナンスをうちたてる上でマイナスに作用したという点が、しばしば強調されるところとなっている。

すでに述べたように、ロシアの私有化プログラム作成者たちは、「非政治化」こそが達成されるべき第一の優先課題であり、企業経営者を効率的にコントロールする問題は二次的な問題として考えていた。というのも、彼らによれば、「企業マネージャー達の利害関心は、国家官僚や政治家たちのそれよりも、ずっと経済的効率性に近い」からである。「非政治化」が達成された後、効率的なコーポレート・ガバナンスという二次的な問題について初めてとりかかることができるというのが、彼らの立場だった(Boycko et al., 1995)。

というわけで、ロシアの私有化プログラムは、インサイダー(旧ソ連時代からの経営幹部と従業員集団)にとって極めて有利な内容となっており、また実際にできあがった新しい所有構造にもそれが強く反映されている。

先にあげた我々の調査でも、私有化された企業の8割で、議決権つき株の50%以上をインサイダーが握っており、しかも、これらの企業の中で、65%は、議決権つき株の4分の3以上をインサイダーが独占していた。さらに注目すべきなのは、経営幹部による保有比率が予想以上に大きくなっていたことである。インサイダーが支配する私有化企業の約半分で、経営幹部の保有比率が2割を越え、さらにその半分では、経営幹部のグループが事実上の支配株主となっていた。

ロシアの旧国有企業の多くは、現在では、極めて強い経営者支配のもとに置かれているというのが、筆者の認識である。当初、「労働者に過度の特権を与えすぎている」としばしば批判されたロシアの私有化だが、実際には、経営幹部たちが、様々な経路で株を買い占めて、その立場を強化しているのである。しかも、たとえ、労働者たちが過半の株を保有していても、企業長たちは、それをあまり恐れておらず、経営を自分たちの自由なコントロールのもとにおくことができると感じている。従業員集団による介入よりもアウトサイダーの介入の方がずっと彼らにとって脅威である。実際、たとえば、ガバナンスの重要な機関である取締役会の平均的な構成をみても、そのメンバーの大部分をトップ・マネージメントないしはミドル・マネージメントが占めており、従業員の持ち株比率が高い場合でも、「従業員代表」として一般労働者や労組代表が参加するケースはまれである。ロシア国家資産委員会の調査によると、アウトサイダーが従業員集団の支持をうまく集めて企業幹部を追放する一部のケースを除けば、従業員集団は株主として積極的な役割をほとんど演じていないという。

取締役は、株主総会での選挙で選ばれるが、労働者の側が、この選挙で積極的にイニシアチブを発揮することはまずなく、たいていは、企業幹部側が用意したリストに賛成投票をするだけである。株主総会で決定される問題の大半は、このように、経営側の主導権のもとにおかれている*2

ということで、ロシアの私有化企業の大多数(少なくとも3分の2から4分の3)は、外部からのコントロールも労組や従業員たち等内部からのコントロールも全く受けない「経営者独裁」の企業、それも、旧ソ連時代からの企業経営者によって支配された企業であると、結論づけることができる。

このようなロシアの私有化企業における経営者支配は、コーポレート・ガバナンスの見地から好ましくないものとして、しばしば批判される。もっとも、経営者支配自体とそれに伴うエージェンシー・コストの問題は、西側諸国においても多かれ少なかれ共通して観察されるものであり、取締役会やスーパーヴァイザリー・ボードによる経営者任免権や経営業務への監督機能は形骸化している場合がむしろ普通であるといわれる。一般論として言えば、情報の偏在、非対称性が、経営者に常に有利に作用しているのであり、この意味で、西側のいかなるモデルを採用しようが、ロシアの企業における経営者支配の問題を避けることはできないと考えられる。

問題は、ロシアでは、経営者支配が外部からのコントロールをまったく受けない形で実現され、旧体制時代からの経営者や経営体質がこれによって温存され、企業リストラ・効率化が阻害されるかもしれないという点にある。西側の企業でも経営者支配が一般的に見られるといっても、それは経営が比較的安定している時の場合で、企業経営が危機的な状況にある時は、日本やドイツでは銀行などの経営への介入が強まるし、米国でも企業経営が深刻な状況に陥った時に社外取締役を多く含むボードがCEOを選任するようになる。さらに、英米では、業績が悪く株価が低迷している企業が敵対的買収(hostile takeover)の標的にしばしばなり、経営陣の交替が行なわれる。しかしながら、ロシアでは、こうした企業ガバナンスのメカニズムが確立されていない。また、インサイダーが支配するロシアの企業では、通常の西側の経営者支配企業に比べても、はるかに高いエージェンシー・コストが予想されることとなり、企業に必要な資金を外部の投資家から得ることが困難になるという、いわゆる「インサイダー・ジレンマ」の問題が生ずる。

5.所有権の再配分と集中、企業の支配をめぐる闘争

上に述べたようなロシアにおけるインサイダー優位の所有権の配分や私有化企業での経営者支配は、あくまでもバウチャー方式によって企業私有化が行われた直後の最初の状態であって、決して固定・不変なものではない。

実のところ、ロシアの私有化プログラムに規定されたインサイダーへの数々の特典は、アウトサイダーを排除する程、絶対的に強力なものでもなかった。特に、株式の最初のオークションに用いられたバウチャーが自由に売買できる証券であり、投資家が、それを買い集めて、大量の株式の購入ができたことは、敵対的買収の可能性を大いに高めた。

これに加え、株の売り出し価格の基礎となった企業の資産評価が、著しく低い水準に抑えられたことも、アウトサイダーによる買占めを促した。もともと、低い株式価格は、インサイダーによる株取得を容易にする条件であった。アウトサイダーは、オークションへの参加、および従業員等からの株の二次的な購入によって株式を取得することになり、インサイダーに比べ高い株取得コストを支払うことになるが、もともと額面価格が極めて安く設定されていたこともあって、資産の実際の価値よりもはるかに低い価格で多数の株を買い占めることが可能となったのである。

こうして、ロシアでは、バウチャー方式による企業私有化の後、株式会社化された企業の所有権の再分配と集中、企業の支配をめぐる闘争がすぐに始まった。所有権の再分配と集中は、状業員や投資ファンドなど一次所有者からの株式の買い占め、連邦あるいは地域機関のもとにある株式をめぐるロビー活動、ホールディングやいわゆる「金融産業グループ」への企業の吸収といった形で進められてきた。最初のうちは、一次所有者からの株式の買い占めの形態による所有の再分配・集中が主として行われたが、同時に、この時期は、企業支配力をめぐる闘争がもっとも野蛮な形で進められた時期でもあり、法律を無視した株主の権利の侵害、株主登記をめぐる不正な操作、企業による自己株買い戻しなどが行われ、旧来の経営者層と外部の「コーポレート・レーダー」との間の紛争が多発した。移行期経済研究所のA.Radyginの評価によると、ロシアの私有化された企業のうち、こうした闘争の決着がついたのは30%以下に過ぎず、今後も、企業支配力をめぐる闘争が継続していくと予想されている(Radygin,1997)。

また、この一方で、1995年末から新しいタイプの所有再配分プロセスが始まり、ロシアの中でも最も巨大で大きな利権がからむ企業が所有権再分配の対象となった。この時期のコア・コンフリクトは、原料・エネルギー部門の独占企業および最も規模の大きい工業企業と、所有再分配のプロセスの中でその支配力の拡張を目指す金融グループの間の利害対立であった。

6.インサイダー・ジレンマと外部投資家

インサイダー支配のロシア企業といえども、自力で再建する力がない限り、生き残りのために資本調達がどうしても必要な時、外部の投資家に頼らざるを得ない。この場合、経営者は外部投資家に対して担保等の形で資産に対する一定の所有権を与えるか、あるいは一定の意思決定権を外部投資家に与えることで、投資家のリスクを減少させなければならない。前者が「アームズ・レンス・ファイナンシング」、後者が「支配指向的ファイナンシング」と呼ばれる形である(Bergl喃,1995)。このうち、企業資産を担保とした投資は、ロシアの場合、所有権の保護が十分でないこともあって、あまり期待できず、一定の経営権の譲渡を含む支配指向的ファイナンシングが、どうしても求められることになる。

企業の再建・リストラに関心を持つ外部投資家が現れた時には、窮状におかれたロシアの企業経営者が、資金の供与と引き換えに、アウトサイダーによる一定の企業統治・支配を認めることが十分考えられるだろう。しかし、実際にロシアの企業経営者の間でひろく見られるのは、外部投資家を極力排除しようとする傾向であり、企業経営者と外部投資家との間のコンフリクトが多発している。こうした現象を理解するためには、株式買い占めを行う投資家の性格、動機をも見る必要がある。

ロシアで、私有化企業の株買占めを行なうアウトサイダー投資家として活動しているものには、次のような種類がある。

(1) 投資ファンド

もともとは、バウチャー・オークションに参加するための専門の投資会社であり、650ほどつくられた。ロシアで発行されたバウチャーの3割を買い占めて、私有化企業の株式に投資したという推計もある。したがって、私有化企業の株主リストを見れば、しばしば、いくつかの投資ファンドの名前を見つけることができる。しかし、彼らの多くは、企業統治・支配動機に基づいて株を保有しているのでなく、オークション時の安い価格で株を買い占めて、他の投資家やその企業自身に高い価格で売り払う(いわゆるグリーン・メール)、といった投機的な行動をとっている例が、非常に多い。

(2) 新興資本家

ロシアにおける私有化企業の本格的な敵対的買収劇は、当初、これらの新興資本家あるいは私的企業によって行なわれ始めた。彼らは、少なくとも、オークションで株を買い占めて企業の支配的オーナーとなるには十分の資金を保有している。多くの場合、取締役会に自らの代表を送り込み、必要があれば、企業経営者の首をすげ替え、場合によっては、自ら経営に乗り出す。

こうした、新興資本による買収の問題点は、彼らが、買占め資金を持ってはいても、買い占めた企業を本格的にリストラする資金能力までは無い、ということだ。たとえば、エカテリンブルグ市の有名な重機械工業企業、ウラルマーシュ社を買い占めたビオプロセス社や、モスクワの有力自動車メーカー、ジル社を一時期買い占め経営権を握ったミクロジン社の場合が、こうした例にあたる。

(3) 銀行および金融グループ

企業にとっての資金調達能力の点から言えば、有力銀行による一連の工業企業買占めの方が、まだ、望みがあるかもしれない。ロシアでは、今までのところ、銀行は、工業企業に対する投資には熱心ではなく、現在でも、銀行およびその傘下の組織が私有化企業の大株主となっている例は少数にとどまっている。

しかし、3〜4年前ほどから、一部の有力銀行が、企業買占めビジネスに関心を示し始め、特に、オネクシム・バンク、インコム・バンク、メナテップ、ロシースキー・クレジット、アルファ・バンク、といったモスクワの有力銀行は、それぞれ、独自の投資戦略にしたがって、一連の工業企業の買収に乗り出すようになった。これらは、買い占めた数十の企業によりインフォーマルな「金融・産業グループ」を形成している。こうしたケースでは、今後、傘下の企業のリストラのための大きな力となっていく可能性もあるかもしれないが、現在までのところ、多くの場合、それは未だ期待の段階にとどまっている。

(4) 外国投資家

外国資本家は、ロシア私有化企業の株投資に関して、1994年の春まで、重要な役割を演じていなかったが、バウチャーによる私有化が終了する直前の2ヶ月ほど前から、その投資額が急速に増え始め(当時、数ヶ月で総額20億ドル以上の投資が行なわれたという)、特に、C・S・ファースト・ボストン、モルガン・グレンフェル、ソロモン・ブラザーズといったところが、欧米の機関投資家の依頼を受けて、活発にロシア企業の株購入に動いた。石油・ガス・非鉄金属などの原料エネルギー部門、電気、通信企業の株が、投資対象であり、外国資本による株購入のために、1994年の夏には、「ルークオイル」、「統一電力システム」、「ロステレコム」といった企業の株価が高騰した。

その後、外国の投資家・企業によるロシアの工業企業の買収も一部で始まり、中には、クラスノヤール・アルミ工場のように、外国投資家による株買占めが、経営陣との間のコンフリクトやスキャンダルを引き起こすケースも現れた。

企業のリストラのための資金調達という見地からは、資金能力に限界があるロシア国内の投資家よりも、外国投資家による企業買収の方が有効である。しかし、今までのところ、ロシア企業への外国人投資家による投資は、依然として、相対的に小さいものにとどまっており、たとえば、国民1人当たりの額で計算しても、ハンガリーやチェコといった中欧諸国の10分の1から30分の1程度に過ぎないとされている。

総じて言えば、ロシアでは、アウトサイダー投資家による企業買収は、企業を支配すること自体が目的の場合もあるが、それ以上に投機的なマネー・ゲームの色彩が強く、いわゆる「グリーン・メール」の形が多いことに注意すべきである。

すでに述べたように、多くのロシア企業の経営者は、アウトサイダー投資家による支配を極力排除しようと努力し、企業支配権をめぐるコンフリクトが頻発している。それは、一面では、株主・投資家の権利が十分に守られていないというロシアの株式会社制度の欠陥を反映しているが*3、株買占めを行ってきたアウトサイダーの多くが企業のリストラには役にたたない連中であり、彼らに株を安く買い占める資金はあっても、本格的に企業をリストラさせるための資金は持っていないという投資家側の問題点も背景としているのである。

7.所有形態と企業行動の変化の関連性について

ロシアの多くの企業はインサイダーによって支配され、外部所有者が企業をモニタしたり経営者に対して規律づけができるようなメカニズムが欠如し、企業の市場評価をおこなう効率的な資本市場は存在しない。こうした条件のもとでは、所有形態の変化(株式会社化と私有化)がロシアの旧国有企業の行動に規定的な影響を与える要因になったかどうか、多いに疑問が生ずるところであろう。

ロシアの旧国有企業の行動が、ガイダール政府による改革以降、ソビエト時代に比べかなり大きく変化してきていることは、各種の実態調査によって明らかにされている。企業行動の中で最も顕著な変化が生じたのは販売政策であり、製品販売を改善するために多くの企業が、製品構成の変更、製品価格の抑制、販売網の改善といった政策をとっている。また、原料、部品等の調達の方も大きく政策が変化しており、多くの企業が新しいサプライヤーと関係を結び、バーター取引きなどの工夫をしている。伝統的な企業関係を維持しようとする当初見られた行動は後景にしりぞき、また、従業員集団を維持することは、企業経営者にとって、もはや主要な目的ではなくなりつつある。国家からの財政的支援を求めようという期待は弱まり、企業は資金困難に対し自力で対応しようと努力するようになってきている。

こうした企業行動の変化に影響を与えている要因として、次のものを指摘することができる。

まず、第一に、1992年のガイダールの改革を境にして、財の取引きが、供給制約的なものから、需要制約的なものに劇的に変化したことがあげられる。以前のような希少な資材の調達、割当て、供給の不確実性に対処するための予備資源の蓄積といった問題が消え、製品市場確保の問題が企業にとっての主要な問題になった。しかも、需要制約は、改革後も年をおって強まっていった(たとえば、我々の調査によると、企業の生産低下の原因として「有効需要の不足」を第一番目にあげている経営者の割合は、1992年には、3割弱にすぎなかったが、2年後の1994年には、6割に達していた)。

また、特に、消費財の生産の分野では、輸入品が市場に大量にはいってきており、これとの競争が死活的な意味を持つようになったことも重要な影響を与えている。

第二に、資金の制約の問題があげられる。現在、経営者たちにとって最も深刻な問題の一つは、短期の手元流動資金の不足である。高金利、税金の負担、インフレ、買い手による支払い遅延などが、この問題にからんでいるが、重要なことは、これが単なるワーキング・キャピタルの不足ではないということである。本質的に重要なことは、資金が不足していても生産や取引きを継続できたというこれまでの条件が、くずれてきたことにある。このような変化は、1993年から1994年ごろに起きはじめた。公的な統計によると、1993年の企業における流動資金増大分のうち、わずか22%が自己資金と融資によってまかなわれ、残りの約8割は、未払金の増大によってまかなわれたという。しかし1993年の終わりまでには、企業間の取引き関係に前払いの制度が広く普及し始め、資金の不足を未払いの膨張によってカバーするといったことが次第に困難になっていった。現在では、あらたに原料や資材が必要になっても、支払いのための資金がなければ、購入は困難である。

第三に、「破産の脅威」の問題がある。これまで、ロシアの企業には、破産の脅威が無いと言われ続けてきた。たしかに、破産法は、すでに1992年の11月に制定されてはいたが、実際には「内容が具体性に乏しかったために」、その後の2年間は、実行されることがなかった。現在では、細かい規則が定められ、「破産管理局」という専門の公的機関が設けられて、破産のメカニズムが少しずつ動きだしている。

また、こうした公的な破産のメカニズムが動いているかどうかとは別に、ロシアの企業経営者たちが、今では、「企業存続の危機」をかなり敏感に感じ取るようになっていることに、注目すべきだろう。ロシアでは、これまで、経営者に対するアンケート調査がいくつか行なわれているが、そこで明らかになったことは、大部分の経営者にとっての当面の最大の目標が、「生き残り」であるということだ。実際、多くの企業で、この数年間の間に生産が半分から3分の1以下となり、賃金を支払う金がないために従業員たちが次々とやめていき、さらには、料金支払いの遅延で、電気や暖房用の熱まで、供給がしばしばストップしたりしている。公的には破産が宣告されていなくても、「事実上は破産状態」で、業務を殆ど停止しているという企業が、少なくない。今や、破産という言葉は、特別の法律用語ではなく、こうした企業をさして使う日常用語となっているのだ。

要するに、競争的な市場の存在、予算制約のハード化、破産の脅威といった条件が、ロシアにおける企業の行動変化の主要な要因となっているのであり、ここでは、所有形態の変化とは直接的には結びつきがない*4

先に述べたように、国有企業のまま私有化されなくても、一定の条件(自由化された市場と競争の圧力、ハードな予算制約、破産法の導入など)が満たされれば、企業は、移行期経済の中で十分適応して活動していくことができる、という仮説がある。

ロシアの場合、国有企業のままで果たして上にあげた条件が満たされたかどうか議論の余地があるが、少なくとも、ポーランド等での市場経済に順応しようとする国有企業とロシアの私有化された旧国有企業の間に、(労組の役割や影響力といったいくつかの側面を除けば)企業の経営や行動面で、本質的な相違を見出すことは困難なように見える。

8.おわりに

ロシアの私有化された旧国有企業の問題について述べてきたが、これらの企業の改革の問題は、まだ未解決のこれからの課題である。特に、効率的な企業ガバナンスの形態をつくりあげることが、重要な課題の一つとして、しばしば議論されている。

しかし、企業ガバナンスの形態は、政治の領域における民主主義の仕組みと似ていて、様々な形がありうるので、これについて最適なモデルを見出すのはなかなか難しい。

移行期経済の企業に関連してとりあげられる代表的なモデルとしては、英米型の「株主主権モデル」とドイツに代表される銀行を通じたガバナンスのモデルであるが、このうち、株主主権モデルの場合、マネージメントの無能力やモラル・ハザードの問題は、企業の市場評価をおこなう効率的な資本市場を通じて、外部の株主により修正を受けることになっている。しかし、ロシアでは、こうした市場が欠落しており、大多数の企業の株式は非流動的でインサイダーの手に固定化されているか、あるいは、次第に、ごく少数の大株主の手に集中される傾向にある。したがって、オーソドックスな意味での「株式主権モデル」は、なりたたない。

資本市場が機能しない現在のロシアのような発展段階においては、オールターナティヴなモデルとして、銀行が重要な役割を演ずる形態が有力であるという議論も多い。しかし、その具体的な形としての銀行を中心とした金融産業グループの形成・発展は、まだ始まったばかりであり、その可能性を見極めるには、もう少しの時間が必要である。


- 注 -

  1. これに対し、株式会社化されずに旧来の国有企業として残っている企業(その多くは軍事企業である)においては、所轄官庁(この場合は、国防産業国家委員会)が、企業長の人事や投資などの問題でなお一定の影響力を保持していた。

    先に述べたように、株式会社化された企業の取締役会に、国から、通常は、「資産ファンド」の代表が加わる。筆者が直接聞き取りした限りでは、彼らは、私有化や企業の資産の処理に直接関連した問題を除いて、企業の経営上の意思決定には、介入しないようにしている。ただし、例外的に、所轄官庁が企業の株を保有し、その代表を社外取締役として企業に送り込んでくる時には、経営上の重要な意思決定について、官庁が介入する可能性が出てくる。

  2. 労働者たちのこのような消極性や受動性は、実をいうと、彼らが、事実上の未組織状態に置かれていることに関連している。むろん、ロシアの企業でも、形式上は、ソ連時代からの労組が存在している。しかも、通常、社長など企業幹部を含め従業員の大半が加入していて、「組織率」は百%に近い。しかし、労組指導者は、普通は、中間管理職の人間であり、事実上、経営陣のコントロール下におかれている。たとえば、賃金の問題などをめぐって労働者たちの不満が高まった時、彼らは、労組にたよることができず、インフォーマルなグループによる話合い、あるいは、自然発生的な山猫ストなどによってしか経営陣と交渉できない。ペレストロイカ時代には、一部の企業で、「自主管理」組織としての労働者評議会が、労働者の意向を反映する組織として、ある程度の役割を果たしたこともあった。しかし、私有化のプロセスの中で、多くの場合、こうした「自主管理」の要素は消滅してゆき、労働者評議会は機能を停止している。このように、労働者たちが、労働者としても、バラバラの未組織状態になっているときに、株主として統一的な意思を自ら積極的に表明することなど不可能であり、経営幹部たちがヘゲモニーをにぎるのも当然のなりゆきである。

  3. ロシアで敵対的な企業買収の試みとそれに伴う紛争が多いのは、株主・所有者の法的権限が十分に守られていないことと並んで、敵対的買収を制限・コントロールするメカニズムが弱いことも原因としてあげられる。西側諸国の中でも、英米などでは敵対的企業買収がかなり見られるが、ロシアでは敵対的買収からの防衛手段、コントロールのメカニズムがこれらの国に比べてもはるかに弱い。たとえば、米国等では公開市場以外で一定割合以上の株式を買い集める場合に、公的機関に届ける必要があるのに対し、ロシアでは買い占めは全く自由である。米国の企業のように「ポイゾン・ビル」や「ゴールデン・パラシュート」を設定する可能性は与えられていない。ロシアでは利益配当優先株制度が導入されており、これについては議決権が与えられていないが、普通株については議決権を制限することはできない(ドイツやフランスでは1株主の議決権を5〜10%以下に制限することを定款で定めることができる)。

  4. 所有形態の違いが企業の行動の重要な説明要因であることを実証しようという研究もいくつか見られる。たとえば、Susan Linz等は、私有化は企業の行動変化のための十分条件とはいえないかもしれないが、国有企業に比べ、私有化企業には、新製品の導入、品質改善、その他の市場拡大の努力など企業行動を改善しようという傾向がより強いことを指摘している(Linz,1996,407)。しかし、私有化企業と非私有化企業を比較調査する場合、どうしてもバイアスが生じてしまいがちであるという方法論的な問題があり(Brada,1996,81)、これについて確定的な結論を導き出すのは難しい。


- 参考・引用文献 -

  1. Aoki,Masahiko,"Controlling Insider Control: Issues of Corporate Governance in Transition Economies" In Aoki, Masahiko,and Hyung-Ki Kim,eds., Corporate Governance in Transition Economies,Washington,D.C.:World Bank, 1995,pp.3-30.

  2. Bergl喃,Erik,"Corporate Governance in Transition Economies: The Theory and Its Policy Implications" In Aoki, Masahiko,and Hyung-Ki Kim,eds., Corporate Governance in Transition Economies,Washington,D.C.:World Bank, 1995,pp.59-98.

  3. Blasi,Joseph,Kroumova,Maya and Kruse,Douglas, Kremlin Capitalism: Privatizing the Russian Economy.Ithaca,NY:Cornell University Press,1997.

  4. Boycko,M.,Shleifer,A.,and Vishny,R., Privatizing Russia,MIT Press,1995.
  5. Brada,Josef C.,"Privatization Is Transition - Or Is It",Journal of Economic Perspectives,10:2,67-86,1996.

  6. Hanson,Philip,"What Sort of Capitalism is Developing in Russia ? ", Communist Economies and Economic Transformation, 9,1:27-42,1997.

  7. Linz,Susan J., Krueger,Gary,"Russia's Managers in Transitions: Pilferes or Paladins ? ",Post-Soviet Geography and Economics,37:7,397-425,1996

  8. Ners, Krzysztof J.,"Poland and the Czech Republic: Privatization from above versus Generic Private Enterprise Building" in H.Brezinski and M,Fritsch, eds., The Economic Impact of New Firns in Post-Socialist Countries. Edward Elgar, 1996

  9. Radygin, A.,"The New Phase in the Redistribution of Property", Russian Economy: Trends and Perspectives,April 1997.

  10. Woo,W.T.,"Improving the Performance of Enterprises in Transition" In W.Woo,S.Parker,J.Sachs ,eds.,Economies in Transition:Comparing Asia and Eastern Europe.The MIT Press,1997.

  11. 山村理人「ロシアの企業改革:機械工業における実態調査の結果」(スラブ研究センター報告シリーズ,第58号,1995年,10-38頁)