本年3月、九州大学にアジア太平洋未来研究センターが設立され、4月からは同研究センター内に境界研究モジュールが設置され、UBRJともゆかりの深いセルゲイ・ゴルノフ、テッド・ボイルの両氏がスタッフとして着任して活動を開始しています。5月30日、その境界研究モジュールによる最初の行事として、第1回ボーダースタディーズ アジア太平洋セミナーが国境観光をテーマとして開催されました。
セミナーは、対馬/釜山の国境観光を推進する花松泰倫(九州大学持続可能な社会のための決断科学センター)による国境観光モニターツアー2回目(本年3月実施)の結果についての報告、ボーダーツーリズムの境界研究や観光学の中での位置づけと6月15日から挙行される稚内/サハリンの国境観光に関する岩下明裕(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター/UBRJユニットリーダー)による報告、そして、境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)のこれまでの取り組みと今後の事業展開に関する古川浩司(中京大学/JIBSN副代表幹事代行)による特別講演の三本立てという構成でした。
花松報告は、対馬/釜山国境観光モニターツアーの参加者アンケートの集計結果の考察が中心でした。アンケート結果はJIBSNホームページのこちらに掲載されておりますので、ご一読ください。報告では、2013年12月に組織された1回目のモニターツアーでの反省を生かし、ターゲットを若い女性からリタイア世代に変えて、対馬を「通過点」とするのではなく、1泊してきちんと対馬をみて知り、その後、高速船で釜山に渡って観光をするというパッケージについて具体的に紹介がなされました。また、第1回モニターツアーでは集合日と同日に対馬から去ったためほとんど対馬でお金を使う機会がなかったのに対し、今回のモニターツアーでは釜山での使用金額には及ばないものの、1泊したことで大幅に改善されており、ツアー実施による地域への経済効果を期待させる結果になったとのことです。アンケート調査により、国境観光の団体旅行商品(花松氏曰く、「国境を学ぶことができ、感じることができるツアー」)としてのニーズの確たる存在、対馬観光/国境観光のリピーターが見込めること、2泊3日以上という日程が適切であること、地域文化・産業に根差した体験型のツアー内容が好評だったことが分かり、同時に、対馬のお土産品の掘り起こしや、釜山でのプログラムに改善の余地があることも把握できたとのことです。
岩下報告は、現在のUBRJや九大での取り組みが、「国境越えはツーリズムの目的にはならない」という従来の考え方を覆し、国境を跨ぐことによる「付加価値」を見出すことを可能にし、国境観光そのものが、境界地域の自然環境だけでなく社会生態系をも含みこんで、その持続的発展に資するエコ・ツーリズムそのものだとの主張を展開しました。その中で、6月15日より実施されるハートランドフェリー季節便を利用しての稚内/サハリン国境観光モニターツアー(ANAセールス、北都観光)の概要と、今後予定されている北緯50度線をみるツアー(MOツーリスト)、さらには、根室から稚内まで北海道の海の境界をめぐるツアー(ビッグホリデー)について概要が紹介されました。対馬/釜山モニターツアーでのノウハウをモデルとして活かしつつこれらのツアーを実施するとのことです。岩下報告は、「ボーダーシティ発の近隣地域ボーダー・ツーリズム、あるいは、ボーダーランズ(境界地域)・ツーリズム」というのが国境観光のあり方だと総括され、それを首尾よく実施するためには出発地のボーダーとしての「ストーリー性」をいかに見出し、ツアーパッケージの中で演出するのかということが重要だとまとめています。
その後、与那国町役場でのインターンシップ経験のある舛田佳弘(日本文理大)、八重山/台湾の国境観光ツアーを企画している島田龍(九州経済調査協会)、さらにはテッド・ボイルを交えてラウンドテーブルが行われました。島田からは、「一般のお客をいかに集めるかということと、国境観光をツアーの目的とすることの両立を図ることの重要性」について指摘され、ボイルからは、グルジア=トルコ国境観光について例をあげつつ、ボーダーとツーリズムとの関係を①障壁、②目的地、③国境・境界地域そのもの、あるいはそのイメージを「修正するもの(modifier)」だとする、国境観光のボーダースタディーズにおける理論的側面についての紹介がなされました。舛田からは、与那国町が頑張っている現状について紹介があると共に、国境の街というリソースを活かすことの難しさについても言及がありました。古川による講演は、境界自治体と学術とのハブの役割を果たしているJIBSNのこれまでの活動と今後の展望について紹介がなされ、一般来場者の関心を呼びました。
思うに、これまでのGCOE、UBRJ、九大による取り組みにより、境界が「障壁」であるという固定観念は取り払われ、それが国境観光プロモーションにより「目的地」に移行しつつあるのが現状だと言えるのかもしれません。そして、国境観光が国境や境界地域を知る「ツール」となり、境界地域を潤す「リソース」となった後、どう「modifier」としての役割を果たすことになるのか、今後の国境観光の展開を注視したい、そんな感想を抱きました。
(文責:地田 徹朗)