去る7月4日に、第三回ボーダースタディーズ北米研究部会が、東京・御茶ノ水の中央大学駿河台記念館で開催されました。土曜日にもかかわらず、20名以上の参加者がありました。ボーダースタディーズを勉強している学生も多数参加したため、初めに特別レクチャーとして、岩下明裕・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター・教授/境界研究ユニット代表より、「ボーダースタディーズとは何か」についてお話がありました。空間を区切る人間の行為とその空間内におよぼされる権力的な作用に関して、われわれの普段の日常生活にありふれた事例から国境・領土紛争にいたるまで、わかりやすく解説していただきました。
次に、摂南大学外国語学部の大原関一浩氏による「国境を越える移住のプロセス:明治期日本人性労働者の北米西部への移住について」と題したメイン報告が行われました。大原関氏は、2008年にニューヨーク州立大学ビンガムトン校歴史学部に提出した博士論文"Japanese Prostitutes in the Pacific Northwest, 1887-1920"によって歴史学博士号を取得されました。今回のご報告は、その博士論文の一部に基づくものであり、明治期に北米西部へ渡った性労働者としての娼婦の実態を、現地で渉猟された一次史料に基づいて明らかにしたものでした。トランスボーダー現象としての娼婦の多様な形態での「渡航」を、プッシュ・プル要因という国際移動研究における理論的枠組みを用いながら説明されましたが、娼婦の渡航に介在した周旋者組織の構造的要因についても目配りを利かせたご報告でした。空間的な視座を重視するボーダースタディーズは、マイグレーションスタディーズとの理論的相関性はあまりよくないと捉えられがちです。しかし、大原関氏のご報告は米加国境にまたがる北米西部へ、なぜ性労働者としての娼婦が集中して移住したのかについて、国境を越えるミクロ(個人、家族、周旋者)とマクロ(地域経済、国家)双方のネットワーク要因を分析されたことによって、相互の近接性を示唆するものになりました。ご報告は1世紀前の内容ですが、最近の人身売買を代表とする深刻な人権問題などを考えるときに、現代にも極めて相通じる問題提起であったと思います。その後、フロアからも多くの質問が寄せられ、盛況な研究会となりました。
(文責 川久保文紀)