日本国際政治学会 公募部会「国際秩序と領域性の変容―圏域・境界・統治」参加記
去る10月30日から11月1日まで、仙台国際センターにおいて、日本国際政治学会2015年度研究大会が開催された。日本の安全保障をめぐる共通論題部会をはじめとして、16の部会と33の分科会が設定されたが、その中のひとつとして、公募部会「国際秩序と領域性の変容―圏域・境界・統治」が企画された。岩下明裕北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター境界研究ユニット代表が司会を務めた。近代以降の国際秩序の重要な構成原理の一つである「領域性」の変容について、高橋良輔(青山学院大学)が圏域の理念を形成した古典地政学の思想とその現代的展開、川久保文紀(中央学院大学)が国境の機能変容を考察するボーダースタディーズ、内田智(早稲田大学)が統治の正統性を問い直すデモクラシー論という三つの分析視角から検討を行った。
第一報告は、高橋良輔による「ポスト冷戦秩序の融解と古典地政学への回帰」と題するものであったが、その中で、高橋は、まずポスト冷戦秩序とは、アメリカによる圧倒的なパワーに基礎をおくリベラルな国際秩序と論じた。そして、その「融解」プロセスが古典的な地政学の復権(H.マッキンダー、N.マハン、A.スパイクマン)をもたらしているという時代の回帰性について、アメリカの覇権衰退によるグローバルな空間性の崩壊、および「不安定の弧」などを代表とするユーラシア圏域構想の形成という観点から検討を行った。「地政学の逆襲」(R.D. カプラン)が前景化している現在の状況は、アフガニスタン、イラク、対テロというゼロ年代の3つの戦争を遂行する中で、アメリカの覇権をめぐる言説が変容している証左であることも論じられた。
次に、川久保文紀による「9・11テロ以後の領域性と国境の揺れ動き―IRとボーダースタディーズからの示唆」と題する報告が続いた。まず、川久保は、90年代以降に出現してきた「フラットな世界」(T.フリードマン)や「地理の終焉」(R.オブライエン)などの主張は、グローバル化による「脱領域化」が領域国家システムの溶融に帰結するというものであったが、ポスト9・11の世界においては、とりわけ欧米を中心として、国境の機能的強化を試みる政策的兆候が顕在化しており、グローバル化による「脱領域化」と地政学的な「再領域化」が並存し得るという両義的な解釈を提示した。その上で、J.アグニューの所説に依りながら伝統的なIRの国境概念のもつ認識論的・存在論的前提を批判的に考察し、ボーダースタディーズにおける「国境の透過性」や領域性のリスケーリングという観点から国際関係における空間的次元を重層的に理解する必要性について論じた。
最後に、内田智による報告「国境横断的な熟議デモクラシーの正統性と代表性」では、EUにおける「デモクラシーの欠損」をめぐる論争に注目し、国境横断的なデモクラシーにおける代表性の問題について、2009年に実施された討論型世論調査Europolisを事例としながら論じられた。内田報告では、近年のデモクラシー論における「熟議的転回」を受けて、多元的な統制システムを備えたEUという政体においていかにして民主的正統性を確保していくのか、とりわけいかにしてミクロレベルでの熟議空間をマクロな意思決定過程に接続させていくのか、という観点に着目する「熟議の制度化」構想が検証された。国境横断的なデモクラシーの可能性を、EUにおけるデモスの領域性と代表性とを絡めながら分析する視角は、欧州議会や補完性原則などのEUのガヴァナンス構造に関する再検証を促し、その制度化条件を探る上での必要な論点であることが示された。
討論者は、宮脇昇教授(立命館大学)と前田幸男准教授(創価大学)が務め、3人の報告に対して有益なコメントや質問が投げかけられた。部会のメインテーマである国際秩序論をどのように各自の報告に引き付けて理解しているのか、領域性の変容が主権の決定にどのような影響を与えているのか、EUにおけるシチズンシップの境界をめぐる構成員資格の問題など多岐にわたる論点が提示された。また、土曜日の午前中にもかかわらず、約60名の参加者があったフロアからも多数のコメント・質問が寄せられた。今年度の学会では、国際秩序論に関する部会が複数設定され、古くて新しいテーマに不断に検証していくことの重要性を再認識した部会であった。