「苦悩するヒーロー像」の危うさ
(注)
岩下明裕(山口県立大学)
「みるのが実に苦痛でした」、「ワイドショーばりの『感動物語』」、「新し
い神話をつくっている」、「ストーリーを知っていて協力したのか」。1月8日に
放映されたNHKスペシャル「秋野さんが遺したもの−日本人へのメッセージ」
をみた直後に私のもとに届いた友人たちの電子メールである。「知らなかった」
とはいえ番組にかかわったことを今、深く後悔している。秋野さんをめぐる報道
はこれまで偏っていた。「平和のために命を投げうったヒーロー」、「完全無欠
のスーパーマン」。少しでも真実に近い「秋野さん」を描こうという制作者の構
想に共感して出演を快諾した。
番組は秋野さんの「苦悩」の一端を拾いあげるのに成功している。「苦悩する
秋野さん」は「普通の人々」の共感を呼び、「迷ったら進む勇気」を示してくれ
た。さあ、みんな頑張ろうよ。だが、いったい何を頑張るのか。その部分に番組
はこたえていない。最後に唐突に締めくくっているだけだ。「後に続け」と。秋
野さんの「生死をかけた苦悩」をたっぷりみせられた視聴者にはこう聞こえるに
違いない。「迷っても、平和のためだ。みんなで戦場に行こう」。
番組の最大の罪は秋野さんと「普通の人々」の距離を縮めようと試みたがゆえ
に、かえって「普通の人々」を戦場に駆り立てる危ういストーリーになった点
だ。おそらく、制作者は「善意」で秋野さんの記録をつくろうとした。彼は丹念
な取材をくり返し、秋野さんの現地日記まで読んでいた。だが「相手の身になっ
て考える力」が足りなかったのだろう。ストーリーをつくるときに、秋野さんの
したたかさや戦略、タジクから帰還した後の「展望」を撮った部分を捨てたこと
で、秋野さんの「ナイーヴさ」のみを強調する結果に終わった。いや、そもそも
制作者は秋野さんの「真実」に近づくことよりも、制作者自身の苦悩を秋野さん
という素材に投影し、救いの道を探していただけなのかもしれない。いずれにせ
よ、結果として制作者は秋野さんという素材とNHKスペシャルという看板の大
きさに「敗北」した。あなたがこの番組をみていないことが幸いである。
「加担」した反省をこめて私は番組をみた人たちにこう伝えたい。秋野さんは
決して平和のためだけにいったのではない。「普通の人々」よ、だまされるな。
「ナイーヴ」に「戦場」に続いてはいけない。
(注)
1999年1月16日付け北海道新聞朝刊「放送時評」欄に「NHK『秋野さん』特集−苦
悩の強調に危うさ」と題して、番組批判を載せました。これはその元になった原
稿です。
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