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研究員の仕事の前線
ヘルシンキにおける「ロシア近代化」ワークショップ参加記
田畑伸一郎(SRC・北大ヘルシンキオフィス所長)
9月12~13日にヘルシンキ大学アレクサンテリ研究所(ロシア・東欧研究所)において,ロシアの近代化を日本やフィンランドと比較するワークショップが開かれた。 英語でのタイトルは,"Modernities Scrutinized: Finland, Japan and Russia in comparison”で,アレクサンテリ研究所,北海道大学ヘルシンキオフィス,在フィンランド日本大使館が共催した。資金面では,国際交流基金とロシア研究に対するフィンランドのCOEが主要な財源となった。 このワークショップは,北海道大学のヘルシンキオフィスが昨年設立されたことから,ヘルシンキ大学と北海道大学の間,あるいはアレクサンテリ研究所とスラブ研究センターの間の研究協力を「制度化」する一環として,企画・準備されたものである。 在フィンランド日本大使館からは,篠田研次大使が開会の挨拶をされ,ワークショップ前日には報告者を大使主催の夕食会に招待いただくなど,全面的な支援が得られた。
会議では,6つのセッションで計16本の報告がなされた。報告者を国籍で分けるならば,フィンランド5人,日本4人,ロシア4人,スウェーデン,ノルウェー,イギリスが各1人であった。報告者の研究対象国で分けるならば,ロシア11人,フィンランド2人,日本2人,その他(理論研究)1人,ディシプリンで分けるならば,経済学9人,歴史学3人,社会学3人,哲学1人であった。
ワークショップのテーマは,上記COEがアレクサンテリ研究所を中心に行われており(代表者はマルク・キヴィネン所長),そのテーマが”Choices of Russian Modernisation”であることで決められた。「近代化」の定義については,報告者の間で必ずしも統一が取られていたわけではない。
現代ロシア研究者,なかでも経済研究者の多くは,近代化と言えば,ロシアの現政権,とくにメドヴェージェフ首相が推し進めようとするロシア経済の近代化を想起する。これは,ロシア経済の石油・ガスへの過度の依存を改め,製造業の発展を中心に,ロシア経済を根本的に改革するというものである。
これがロシアの近代化に関するもっとも狭い解釈であり,イギリスのロシア経済研究の大御所,フィリップ・ハンソン氏の報告はこの解釈に従うもので,現在のロシアが直面する課題に関して報告された。
会議での報告の大半を占めたのは,19世紀後半くらいからの3カ国の経済発展を比較するものであった。
19世紀後半には遅れていた3国(three latecomers or catching-up countries)が,どのようにしてキャッチ・アップしたのか,あるいは,し損なったのかが議論された。
分析手法も,計量分析から制度や思想の分析まで,様々であった。日本とロシアの比較では,1860年代から1910年代頃までは共通性が多かったにもかかわらず,1960年代,70年代に大きく差がついた原因が議論され,日本とフィンランドの比較では,90年代以降,日本が足踏みし,フィンランドが先を進むようになった原因も議論された。
しかし,もっと大きな枠組みで近代化を議論するような報告も5~6本はあり,スウェーデンの著名な社会学者であるヨラン・タールボルン氏や,フィンランドの主導的なロシア経済研究者ペッカ・ステラ氏の報告などがこれに該当した。
社会学者であるキヴィネン所長も,経済だけでなく,政治や文化を含めた広い枠組みで,会議の議論を総括した。
筆者自身は,この機会を利用して,過去2世紀にわたるロシアの国家財政統計を分析する試みを初めて行った。
データは,一橋大学経済研究所を中心に行われてきたロシアの長期経済統計データベース作成プロジェクトのために収集してきたものである。
日ロの比較が帝政期だけに限られるなど,会議のテーマに対して十分に貢献したとは思えないが,これまで筆者が行ってきたソ連期や現代ロシア期の財政分析をまとめるような報告ができたことには満足している。
私の研究を知悉している上垣彰氏(西南学院大学)から,8月に一緒にロシアを訪問した際に,「あなたもよくロシアの財政のことをいつまでも続けているね」と言われてしまったが,確かに性懲りもなく,このテーマだけは四半世紀ほどもやっていることになる。
さらに脱線すれば,帝政期のロシア財政統計の一部は,今年2~3月のヘルシンキ滞在の際に妻とともに国立図書館で収集したものであった。
ヘルシンキ国立図書館にロシア帝政期の資料が豊富に所蔵されていることはよく知られているが,その使いやすさには驚くばかりであった。
日本からは,上記データベース作成プロジェクトの代表者あるいは分担者であり,フィンランド銀行移行経済研究所の招待でヘルシンキに滞在していた久保庭真彰氏(一橋大学)と中村靖氏(横浜国立大学),新進気鋭の日本経済史研究者の中林真幸氏(東京大学)が報告を行った。 ロシアからは,旧知のウラジミル・ポポフ氏(ニューヨークの国連勤務)のほか,最近,北海道大学との間で大学間交流協定が締結されたサンクトペテルブルグ国立大学からナタリヤ・クズネツォワ氏,スラブ研究センターとの間で部局間交流協定を有するモスクワの東洋学研究所からイリーナ・レベデワ氏が招待された。
キヴィネン所長とは,今後もこのようなロシアをテーマとする会議を,日本とフィンランドの間で開いていくことについて意見の一致をみた。 この背景には,フィンランドがヨーロッパにおけるロシア研究の中心地となっていることがある。ロシアの北極圏の発展に関わる研究についてアレクサンテリ研究所と共同で申請を行うなど,研究協力の「制度化」に関しては,かなりの進展が見られており,来年度も何らかの形でこのような国際会議を開くことができればよいと考えている。
(詳しくは、アレクサンテリ研究所の掲載サイトを参照)