スラブ研究センターニュース 季刊 1996年 秋号
S LAVIC
R ESEARCH
C ENTER NEWSNo. 67 October 1996
今年度のセンター冬期研究報告会は、1月30日(木)〜2月1日(土)の3日間にわたって おこなわれる予定です。
今回の中心テーマは「文化」。いわゆる芸術や思想といった限定されたジャンルのみではな く、政治経済を含む社会の諸現象に反映される思考や表現・行動様式の問題を、歴史的なコン
テクストも踏まえながら、多角的に検討することを狙いとしています。スラブの変動に関する 重点領域研究の中間年にあたりますので、この問題をめぐって各分野の研究が多くの接点を見
出せればと望んでおります。
10月中にはプログラムの骨子が出来上がる予定です。この企画へのご提言・質問等がありま したら、センター望月までご連絡下さい。
なお冬の札幌便は混みがちなので、出席下さる方は早めのご手配をお願いいたします。多く の方々のご参加を期待いたします。[望月]
センターではこの10月以降、下記の方々に共同研究員をお願いすることになりました(委嘱 期間1996年10月〜1998年9月)(敬称略、五十音順)。[林]
1)特別共同研究員
秋月孝子、川端香男里(中部大学国際関係学部)、木戸蓊(神戸学院大学法学部)、木村汎(国 際日本文化研究センター)、佐藤経明(横浜市立大学名誉教授)、外川継男(上智大学外国語学
部)、中村喜和(共立女子大学国際文化学部)、望月喜市(北海道大学名誉教授)、安井亮平(早 稲田大学名誉教授)、和田春樹(東京大学社会科学研究所)
2)学内共同研究員
安藤厚(文学部)、宇佐美森吉(言語文化部)、大西郁夫(文学部)、柿澤宏昭(農学部)、工 藤正廣(言語文化部)、栗生澤猛夫(文学部)、栗原成郎(文学部)、杉浦秀一(言語文化部)、
高幤秀知(文学部)、田口晃(法学部)、竹田正直(教育学部)、所伸一(教育学部)、中村研一 (法学部)、灰谷慶三(文学部)、橋本聡(言語文化部)、福田正己(低温科学研究所)、藤家壯一
(言語文化部)、望月恒子(文学部)、山田吉二郎(言語文化部)、吉田文和(経済学部)、吉野悦 雄(経済学部)
3)部門共同研究員
「地域文化」(文学)
井桁貞義(早稲田大学文学部)、諌早勇一(同志社大学言語文化教育研究センター)、浦雅春 (東京大学大学院総合文化研究科)、亀山郁夫(東京外国語大学外国語学部)、木村崇(京都大学
総合人間学部)、澤田和彦(埼玉大学教養部)、鈴木淳一(札幌大学外国語学部)、津久井定雄 (大阪大学言語文化学部)、西中村浩(東京大学大学院総合文化研究科)、沼野充義(東京大学文
学部)、長谷見一雄(東京大学文学部)
「地域文化」(歴史)
秋月俊幸、井内敏夫(早稲田大学文学部)、家田裕子、石井規衛(東京大学文学部)、内田健 二(大東文化大学法学部)、奥田央(東京大学経済学部)、佐原徹哉(東京都立大学人文学部)、
篠原琢(東京外国語大学外国語学部)、柴宜弘(東京大学大学院総合文化研究科)、鈴木健夫(早 稲田大学政治経済学部)、高橋一彦(神戸市外国語大学外国語学部)、竹中浩(大阪大学法学部)、
土屋好古(日本大学文理学部)、富田武(成蹊大学法学部)、中嶋毅(東京都立大学人文学部)、 西山克典(札幌市立高等専門学校)、松井憲明(釧路公立大学経済学部)、松井康浩(香川大学
法学部)、南塚信吾(千葉大学文学部)、保田孝一(岡山大学名誉教授)、吉田俊則(富山大学人 文学部)、吉田浩(岡山大学文学部)
「国際関係」
秋野豊(筑波大学社会科学系)、伊東孝之(早稲田大学政治経済学部)、岩下明裕(山口県立 大学国際文化学部)、吉川元(広島修道大学法学部)、酒井哲哉(東京大学大学院総合文化研究
科)、志摩園子(東京成徳大学人文学部)、菅原淳子(二松学舎大学国際政治経済学部)、田中孝 彦(一橋大学法学部)、中見立夫(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)、長與進
(早稲田大学政治経済学部)、平井友義(広島市立大学国際学部)、広瀬佳一(防衛大学校社会科 学教室)、六鹿茂夫(静岡県立大学国際関係学部)、山嵜(小泉)直美(防衛大学校社会科学教
室)、横手慎二(慶応義塾大学法学部)
「生産環境」
荒井信雄(北海道地域総合研究所専務理事)、荒又重雄(釧路公立大学学長)、岩田昌征(千 葉大学法経学部)、上垣彰(西南学院大学経済学部)、大津定美(神戸大学経済学部)、小田福男
(小樽商科大学商学部)、笠原清志(立教大学社会学部)、久保庭真彰(一橋大学経済研究所)、 柴崎嘉之(釧路公立大学経済学部)、徳永彰作(札幌大学教養部)、富森孜子(桜美林大学国際
学研究科)、富森虔児(桜美林大学国際学部)、長岡貞男(一橋大学附属産業経営研究施設)、西 村可明(一橋大学経済研究所)、ベローフ・アンドレイ(北海道銀行国際部)、吉田進(日商岩
井専務取締役)
「社会体制」
石川晃弘(中央大学文学部)、岩田賢司(広島大学総合科学部)、上野俊彦((財)日本国際問 題研究所)、川原彰(中央大学法学部)、越村勲(東京造形大学造形学部)、小森田秋夫(東京大
学社会科学研究所)、塩川伸明 (東京大学大学院法学政治学研究科)、下斗米伸夫(法政大学法
学部)、永綱憲悟(亜細亜大学国際関係学部)、中村裕(秋田大学教育学部)、西村文夫(宇都宮 大学国際学部)、袴田茂樹(青山学院大学国際政治経済学部)、森下敏男(神戸大学法学部)
「民族環境」
伊東一郎(早稲田大学文学部)、荻原眞子(千葉大学文学部)、小野菊雄(九州大学文学部)、 加藤九祚(創価大学文学部)、金子亨(千葉大学外国語センター)、斎藤晨二(名古屋市立大学
人文社会学部)、佐々木史郎(国立民族学博物館)、庄司博史(国立民族学博物館)、田中克彦 (一橋大学社会学部)、中井和夫(東京大学大学院総合文化研究科)、坂内徳明(一橋大学社会学
部)、山内昌之(東京大学大学院総合文化研究科)、和田完(小樽商科大学商学部)
北海道大学は今年、創基120周年を迎えるのを記念して10月5日から7日にかけての3日 間、記念講演、式典、祝賀会、エンブレムの制定、新渡戸稲造先生の顕彰、学内公開など、一
連の事業をおこないましたが、各部局が参加する全学的な学内公開事業の一環として、セン ターは5日午後に講演会と展示「スラブ世界と日本」を開催し、またこれに関連づけて4日午
後には北海道スラブ研究会と共催で「ロシア文化と日本:人の交流を中心にして」と題する研 究会をもちました。両日ともに盛会でした。
4日の研究会は、第1部「ワルワーラ・ブブノワ生誕110周年に寄せて」と第2部 「日本におけるロシア人」および質疑・共同討論からなり、第1部では、イリーナ・
コジェヴニコワ(センターCOE研究員)「ワルワーラ・ブブノワ:画家そして教育 者」;安井亮平(早稲田大)「ブブノワさんについての私的な思い出」;桧山真一(立
命館大)「ネフスキーとブブノワ」の3報告、第2部では、中村喜和(共立女子大) 「日本におけるアンナ・グルースキナ」;澤田和彦(埼玉大)「白系ロシア人女優ス
ラーヴィナ母娘」の2報告を聴き、そのあと外川継男(上智大)の司会のもとで活発な質疑・ 討論がおこなわれました。
また5日の講演は、外川継男「福沢諭吉と日本」;原暉之(セン ター)「明治期の北海道とロシア極東」;イリーナ・コジェヴニコワ 「ロシア人画家ヴェレシチャーギンと日本」;井上紘一(センター)
「ピウスツキと樺太アイヌ」の計4本で、会場に「ブロニスワフ・ピ ウスツキの民族学研究」と「明治期における日本のシベリア研究」 について興味深い資料が展示されました。
日露文化交流史の研究は、安井亮平・中村喜和編『共同研究ロシアと日本』1987〜92年、 中村健之介・中村喜和・安井亮平・長縄光男編『宣教師ニコライの日記』(ロシア語原文)1994
年、中村喜和・トマス=ライマー編『ロシア文化と日本』1995年、原暉之・外川継男編『スラ ブと日本』1995年など、近年多くの成果が生まれていますが、今回の有意義な催しはさらに新
たな一ページを付け加えることになったと思われます。[原]
センターでは、1995年度から卓越した研究拠点(COE)形成に係わる「中核的研究機関支 援プログラム」により、毎年3人の非常勤研究員を雇用しています。1997年度については、以
下の要領で募集する予定です。
応募資格 :人文・社会科学の諸分野でスラブ地域を研究する者。1997年4月1日現在、35歳 未満で、博士の学位を取得した者、またはそれに相当する能力を有すると認めら
れる者。正規の勤務をもつ者、大学院生、研究生等は対象外となるので、院生の 場合は採用前に退学届けを提出してもらうことになります。
勤務条件 :非常勤講師待遇。原則として週20時間(週5日で毎日4時間)の勤務。職務内容 は、共同研究補助。給与は月30万円前後。通勤手当と雇用保険の対象となります
が、その他の手当、保険、および赴任手当等の対象とはなりません。雇用は1年 更新ですが、合計で2年間の勤務が可能です。
募集人数 :2名を予定していますが、現時点では確定していません。
応募希望者は、1997年1月末日までに履歴書、研究業績一覧、主要論文等3点(コピーでも よい)をセンター事務掛宛に郵送してください。なお、応募書類は返却しません。決定は1997
年2月下旬におこない、審査結果を応募者に通知します。また、この件についての問い合わせ も事務掛宛(tel:011-706-3156)でお願いいたします。[田畑]
前号でご紹介した本年度の鈴川基金研究員5名のうち、池田嘉郎(ロシア革命史)、楯岡求美 (ロシア演劇)、佐藤正則(ロシア思想史)の三氏は、7月から8月にかけてセンターに滞在さ
れ、資料収集などに従事されました。7月29日には、猛暑の中、各自の研究について短い報告 もしてもらいました。滞在期間終了時には、例年通り、基金や図書館の運営について建設的な
意見を残して行かれました。
残る崔在東(ロシア経済史)、渡邊日日(シベリア・人類学)の両氏は、来年1月から2月に かけて滞在される予定です。[宇山]
7月17日に、望月研究員が「ポストモダンと現代ロシア文学」と題する報告をおこないまし た。コメントは北大言語文化部の宇佐美森吉氏にお願いしました。ロシアにとって新しい文学
現象であるポストモダン文学を、実はソ連文化はポストモダン的な要素を多く含んでいたとい うエプシテインの説と共に紹介しながら、ポストモダン現象がソ連崩壊前後に起きた視覚の転
倒によって成り立っていることを指摘して、社会論にまで切り込んでいく報告でした。社会科
学系の研究員からは、共通項が見えてきたという反応と並んで戸惑いの声も出ましたが、ソ連・ ロシアの複雑な社会の、社会科学のオーソドックスな枠組みでは捉えきれない側面を、文学研
究が抉り出す可能性があるとすれば、歓迎すべきことでしょう。なお、今回の報告は、重点領 域研究報告輯16号の『ロシア文学の変容』に掲載されています。[宇山]
センターと同研究所との交流協定に基づき、センター側からは田畑が8月1〜9日に同研究 所に滞在し、「ロシア極東の企業・地域の統計調査」に関する研究をおこないました。滞在中
は、アフォーニン副所長をはじめとして、多くの方のお世話になりました。同研究所からは、 オレグ・セルゲーエフ氏(歴史学)が、10月21日から11月3日まで、センターに滞在します。
同氏は、コサックの研究家として知られ、札幌滞在中は「日本とアジア・太平洋地域へのロシ ア人移民」に関する研究をおこなうことになっています。[田畑]
ニュース66号以降の北海道スラブ研究会とセンター特別研究会の活動は以下の通りです。 [大須賀]
8月28日 A. ペトロフ(ベオグラード文学・芸術研)“Nationalism in Former Yugoslavia and Eastern
Europe”(特別研究会)
9月24日 G.シェフリン(ロンドン大)“Language and Ethnicity in Central and Eastern
Europe: Some Theoretical Aspects”(特別研究会) R. ヴカディノヴィチ(ザグレブ大) “New Dimensions
of Security in South Eastern Europe”(特別研究会) G. ジュークス(中東・中央アジア研究センター/オーストラリア)
“How Much was Stalin Surprised by the German Invasion?”(特別研究会) G. ジーモン(東方学国際研/ドイツ)“Are
the Russians a Nation?: Remarks on the Crisis of Identity in Russia”(特別研究会)
10月23日 R. ルージチカ(カレル大/チェコ)“Contemporary Changes in the Czech Republic
from the Point of View of Sociology”(特別研究会)
7月24日から27日にかけて、センター主催の夏期国際シンポジウムが開催されました。今 回のシンポジウムは “The Emerging New
Regional Order in Central and Eastern Europe” というテーマで、おもに共産党体制崩壊後の中・東欧地域の国際関係を多角的に検討すること
を目的とし、具体的には「中欧」をめぐる歴史認識、地域協力、NATO・EUの拡大問題など が議論の対象として取り上げられました。
24日午後、シンポジウムは、ハンガリー史学の重鎮で、現在は米国UCLAのヨーロッパ・ロ シア研究センター長の職にあるI・T・ベレンド氏による基調講演ではじまり、26日夕方の総括
討論までの間に、合計13の研究報告が英語でおこなわれました。報告者は、フィンランド、ポー
ランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ロシアから7名、日本 から6名と、多彩な構成でした。
外国人研究者の招聘はおもに文部省の国際シンポジウム経費によ るものでしたが、あわせて1995年度から継続している重点領域研究 「スラブ・ユーラシアの変動」(総括代表:皆川修吾・当センター教授)
の全体集会を兼ねていたため、上記の報告者を含めて100名を超え る内外からの参加者があり、きわめて活発な討論が報告をめぐって 展開されました。
さまざまな国家利害が絡むテーマを取り上げたにもかかわらず、当事国の研究者たちが、冷 静な自国批判を含む学問的な水準の高い議論を展開したことは、日本人参加者たちに強い印象
を与えました。基調講演をおこなったベレンド氏は、総括討論で日本人研究者によるものを含 めて報告と討論の水準の高さを評価し、「これまでに出席した同種のシンポジウムの中で、もっ
とも充実した会議のひとつであった」と賞賛してくれました。
また、27日午前中には、おもに重点領域研究による特別企画として、ロシア大統領選挙結果 をめぐる公開のパネルディスカッションが日本語でおこなわれ、ホットな現地報告を含む最新
情報が交換されました。
24日から26日のシンポジウムの内容は、英文の報告集として年度内に出版される予定であ り、また、27日のパネルディスカッションの内容は、重点領域研究の領域研究報告輯No.15
『大統領選後のロシア政局の行方』として、9月に出版されました。[林]
9月13・14日の両日、東京大学山上会館において、東大ロシア東欧研究連絡委員会の主催に よる標記のシンポジウムがおこなわれた。ソ連解体から5年後のロシアが目指す方向を、歴史・
政治・社会・民族・文化・文学といった諸観点から分析しようという試み。出席者の顔ぶれは 多彩で、ペテルブルグ大学の歴史学者ルスラン・スクルィンニコフ、ロシア史研究所のエヴゲー
ニー・アニシモフ(センター外国人研究員)、モスクワの社会学研究所長イーゴリ・クリャムキ ン、経済学者で国会議員のヴィクトル・シェイニス、作家ファジリ・イスカンデル、ロシア文
化学研究所長キリル・ラズローゴフ、アメリカで活動している評論家アレクサンドル・ゲニス、 ミハイル・エプシテイン(論文参加)など、9人の外国人参加者による報告がなされた(パリ
在住の作家シニャフスキーが病気のため出席できなかったのは残念であった)。日本側からは東 大の和田春樹教授、蓮實重彦教授、堤清二セゾン・コーポレーション会長などをはじめ13人が
報告・討論をおこなった。日露の同時通訳を導入したこともあって聴衆の数も多く、200人ほ ども入る会場は常に熱気に充ちていた。
シンポジウムの壮大なテーマは、もちろん2日間の議論で検討し尽くせるものではないが、 「ロシアの行方」「世界へのロシアの貢献」といった主催者側からの問いかけに対して、単なる
現状分析によるのではなく、歴史を振り返りつつ真剣に答えようとしていたロシア人参加者た ちの態度が印象に残った。人文科学と社会科学、あるいは歴史・政治・文学といった諸学の間
に共通の言語を見出す試みとしても、学ぶところの多い貴重な催しであった。沼野充義氏ら企 画委員の壮図と努力に感謝と敬意を表したい。
シンポジウムの内容に関しては、宇山研究員の印象記をご覧いただきたい。[望月]
10月5日・6日の両日新潟大学において、ロシア・東欧学会第25回大会がおこなわれた。
5日は自由課題による3分科会10報告、インターネット特別分科会、特別講演「環日本海経 済圏の展望」(信國眞載環日本海経済研究所研究所長)および総会がおこなわれた。
6日は共通論題「ロシア・東欧における『共産党の復権』」をめぐって、政治・外交、社会・ 経済、文化・思想に関する3セッション6報告がおこなわれた。共通論題に関する議論は、現
代的状況の1ファクターとしての共産党の分析・評価にとどまらず、広く体制・政策・人的要 素・行動様式等の連続性・非連続性をめぐるものに発展していった。また新しい試みであるイ
ンターネット分科会では、センターのものを含む各種ホームページの紹介、ロシア・東欧資料 へのアプローチの仕方などを含め、新しい研究ツールの特徴が具体的に紹介された。各報告の
テーマのまとまりという点では未だ工夫の余地があると感じられたが、フロアを含めた質疑討 論は概ね活発であり、諸分野の専門家が集う地域研究の場として、有意義な大会であった。な
お大会では新しい会則が決定された。[望月]
「クリルタイ」−多くのスラヴ研究者には耳慣れない言葉だろう。モンゴル語・テュルク諸語 で集会・大会の意で、特にモンゴル帝国でハンを選んだり遠征を計画したりする場であった、
などとしかつめらしい説明をしてもしかたがない。ここで話題にしたいのは、そのクリルタイ にちなんで命名された、日本の中央ユーラシア研究者が年に一度集まる会である。普通の意味
での学会ではない。会長は(ハンも)おらず、機関誌も規約もなく、会員制もない。それでも、 1964年に萩原淳平、池上二良、神田信夫、護雅夫、山田信夫各氏の呼びかけで発足して以来毎
年続いている。近年は、梅村坦(中央大)、北川誠一(弘前大)、堀川徹(京都外大)、森川哲雄 (九州大)の四氏が世話人となり、毎年東洋文庫中央アジア・イスラム研究室に事務局を置い
て、参加者を募っている。
集まる研究者が専門とする地域は様々で、オホーツク、満州から、シベリア、モンゴル、中 央アジア、チベット、イラン、コーカサス、トルコ、アラブ地域まで幅広い。学問領域として
は歴史学、文献学、考古学、人類学が中心だが、特に制限はない。参加者の所属・出身も特定 の門下などに固まらず全国に散らばっており(北大東洋史の関係者・出身者からも、常連の菊
池俊彦氏をはじめ例年参加がある)、さらに外国からも多くの参加者が集まる。中国語、トルコ 語などで発表する外国人もいて、その場合は別の参加者が通訳する。日本人参加者がそれぞれ
研究に使っている外国語も多様で、全部合わせれば数え切れないだろう。一般に内陸アジアや 西アジアを研究する人には語学への抵抗感が少なく、4〜5カ国語を知っている(読める)の
はざらである。ロシア語・英語以外の外国語に関心が持たれないロシア研究の世界とは対照的 である。
今年は7月21日から24日にかけて開催され、58名が参加した。会場は初回からずっと同じ、 茅葺きの超クラシックな野尻湖ホテル。当然冷房はない。そのせいかは知らないが、参加者の
服装は年輩の先生も含めてラフの極致で、中国からの参加者の一人は「背広を買って来て損し た……」とつぶやいていた。初日と最終日は集合・解散だけなので実質まる2日だが、2日間
は朝から晩まで発表があり、下手をすると風呂にも入りそこねるハード・スケジュールである。 夜の発表はスライドで、それが終わると(いや、スライドを見ている時から)大いに酒を飲み
始める。これのためにクリルタイに来る人が多いという噂もちらほら。私は今回は早めに部屋 に戻ったが、人によっては3時、4時まで飲んでいる。それでも翌朝9時からの研究会には皆
きちんと顔を揃えるからおそれいる。
発表の内容としては、外国の研究状況の紹介や、資料紹介が比較的多いが、本格的な研究発 表もある。世間的には特殊な分野の研究なのに、ジャーゴンを連発し基礎的な説明を省いて発
表をする人もいて、聴くのがしんどいことがある。しかし、自分に無関係ではないものの普段 勉強する機会がない分野の多さを痛感している私などにとって、それらの分野における問題関
心や研究水準に触れることができるのは、やはりありがたい。
今回は、堀直氏(甲南大)の「北京所在の中央アジア文書」、アルタン・オチル氏(中国社会 科学院)の「清代新疆奏議紹介」、澤田稔氏(帝塚山学院短大)の「ホージャ家イスハーク派の
形成」、金浩東氏(ソウル大)の「Tradition and Modernity in the Historical Writings of Mulla
Musa Sairami」、菅原純氏(青山学院大院)の「ザファル・ナーマ」と、東トルキスタ ンに関する発表が多く、また充実していた。私の専攻する旧ソ連領中央アジアの近現代に関す
る発表はなかったが、何星亮氏(中国社会科学院)の「清代中露国境勘分大臣の一カザフ・チャ ガタイ語文書の研究」、梅村坦氏の「ペテルブルグ所蔵中央アジア文書のマイクロ化計画」、堀
川徹氏の「ヒヴァ・ハン国文書」、林俊雄氏(創価大)の「西モンゴル6000キロの調査行」(ス
ライド)は、大いに刺激になった(なお、毎年のクリルタイの様子は『東洋学報』誌に紹介さ れる)。
クリルタイで発表に劣らず重視されるのが、「コンフェッション」である。この言葉を初めて 聞いた時、私は何の罪の告白をさせられるのかとおののいたが、これはクリルタイ用語で、最
近一年間、または前回クリルタイに参加して以降の、業績や渡航経験、大学での雑用、学生で あれば今後の研究計画などを、参加者全員が話すのである。これのおかげで、せっかくたくさ
んの人が集まったのに誰が何をしている人か分からず、新しい知り合いもできない、という学 会にありがちな事態が、クリルタイでは起きない。
ロシア研究と東洋学の境目にいる私にとってクリルタイは、伝統ある日本の東洋学の厚みと 広がりを確認できる場でもある。ロシア研究と東洋学の間には何か壁があるように感じられる
が、対象地域は隣接しており、またそれぞれに違った長所がある。今後はより積極的な「学び 合い」が必要であろう。また、中央アジアなど旧ソ連のアジア地域を研究する際には、東洋学
の蓄積とロシア研究の蓄積の双方を、十分に吸収してかかることが不可欠である。このことを 無視して、ロシア研究の方法だけ、または東洋学の方法だけで旧ソ連のアジア地域を割り切ろ
うとする人が時々いる(中にはどちらの方法も知らない人がいるが)ので、特に言っておきた い。[宇山]
◆ 学会カレンダー ◆
1996年 11月13〜17日 AAASS(米国スラブ研究促進学会)第28回年次大会。於ボストン。連絡先:AAASS, 8 Story
St., Cambridge, MA 02138, USA.
11月29〜30日 第12回日ロ極東地域学術シンポジウム。於大阪市立大学。問い合わせ先:日ロ極東学術交流会 〒560豊中市待兼山町1-
8大阪大学言語文化部ロシア語資料室気付 ・06-850-5986
1997年 1月30日〜2月1日 スラブ研究センター冬期研究報告会。
7月17〜19日 スラブ研究センター夏期国際シンポジウム。
9月3〜11日 ウラジオストク極東諸民族歴史・考古・民族学研究所国際シンポジウム「北東アジアにおける歴史体験と諸人種、文化、文明の相互作用のパースペクティヴ」
11月19〜26日 AAASS第29回年次大会。於シアトル。
このコレクションは、全464タイトル、19,245枚のマイクロフィッシュですが、そのタイト ルにかかわらず、“Polnoe
sobranie zakonov Rossiiskoi Imperii”など、他の時代のロシア研究にも基本的資料を含んでいます。これまで、目録で検索ができない状態にありましたが、
このほど、センター図書室のマイクロ資料用カードで、著者、書名から検索できるようになり ましたので、お知らせします。
なお、資料は北大附属図書館にありますが、ご利用の際には、センター図書室にご連絡くだ さい。[兎内]
今年度に入ってから、ロシア革命前後にオレンブルクなどで刊行されていた、次の新聞のマ イクロフィルムを受け入れました。[兎内]
Vagit Orenburg, 1908-1918. (19リール)
Terjuman Bakhchisarai, 1906-1917. (13リール)
Shura Orenburg, 1908-1916. (10リール)
Qazaq Orenburg, 1913-1917. (2リール)
センター所蔵の重複資料の内から, 和文、欧文、露文とりまぜて24点を、9月6日にセンターを訪問した同校のトリョフスヴャツキー氏に託して寄贈しました。[兎内]
ピョートル・ラヴロフの研究者として知られる、ボリス・サムイロヴィッチ・イテンベルク 氏の収集された資料の一部、500冊余をこのほど購入しました。ナロードニキ研究および革命
史研究は、センターにおいては資料の比較的充実している部分ではありますが、これによって、 戦前の出版物を中心にその欠落を補うことができました。[兎内]
第44号(1997年3月)への投稿は9月末で締め切られ、現在審査中です。執筆予定者は次 号で発表します。分野としては文学・思想関係の論文が大勢を占めそうです。
[田畑・大須賀]
スラブ研究センター欧文紀要 Acta Slavica Iaponica (Vol. 14 1996年)は11月刊行をめざして編集作業は大詰めをむかえています。以下が掲載論文です(執筆者アルファベット
順)。今回は日露・日ソ関係史に関する論文が半数近くを占めました。
次号(1997年秋刊行予定)の編集も開始しております。原稿提出期限は3月31日です。投 稿希望をお持ちの方は係までご一報下さい。投稿規程等をお送りします。[原・大須賀]
《Articles》
Yong-chool HA, "The SPSU and the Sovnarkhoz Reform: Responses of the Obkom
First Secretaries"
Jiro IKEGAMI, "Pis'mennaia praktika na uil'tinskom iazyke: Dopolnenie k
Proektu pis'mennosti uil'tinskogo iazyka"
Amir KHISAMUTDINOV, "K istorii russkoi emigratsii v Iaponii. 1918-60-e
gody"
Yuka KURATA, "Rossiiskaia emigratsiia v Iaponii mezhdu dvumia mirovymi
voinami: dinamika, chislennost' i sostav"
Hiroshi MOMOSE, "Small States Perceptions in Finland and Japan: A Reflection
on Postwar Years"
Zoia MORGUN, "Iaponskaia diaspora vo Vladivostoke: stranitsy istorii"
Svetlana V. ONEGINA, "Mezhdunarodnye sviazi Rossiiskogo fashistskogo Soiuza
v Man'chzhurii"
Vladimir V. POPOV, "Inflation during Transition: Is Russia's Case Special?"
Nikolai P. SHMELEV, "Ekonomika i obshchestvo v postsovetskoi Rossii"
Jadwiga STANISZKIS, "Evolution of the Epistemology of Control and the End
of Communism"
Kyosuke TERAYAMA, "Man'chzhurskii intsident i SSSR"
《Book Review》
Galina AVAKIANTS, "The Russian Language of the Japanese Seamen. XVII c.
By I.P. Bondarenko"
先に皆様にデータ訂正のお願いをしておりました『スラブ・東欧研究者名簿』第5版の編集 が大詰めにきております。ただご回答いただいた方の中にお名前のご記入のない方が何名かい
らっしゃって処理に困っております、お心当たりの方はご連絡ください。またご所属やご自宅 の住所の変更がこちらで把握し切れていないために宛て先不明で戻ってきたままのはがきがか
なりあります。もしまだ名簿の改訂のお願いの往復はがきが届いておられない方がございまし たら至急松田宛ご連絡ください。
jun@slav.hokudai.ac.jp 電話:011-706-3181 スラブ研究センター 情報資料部 松田 潤
ニュース66号以降のセンター訪問者(道内を除く)は以下の通りです。[林]
7月15日 池田嘉郎氏(東大院)
7月19日 楯岡求美氏(東大院)
7月22日 佐藤正則氏(東大院)
7月24日〜27日 阿部廉氏(日本銀行)、秋野豊氏(筑波大)、伊東孝之氏(早稲田大)、稲垣博史氏(富士総研)、今泉裕美子氏(津田塾大)、岩下明裕氏(山口県立大)、岩田賢司氏
(広島大)、岩間陽子氏(京都大)、上垣彰氏(西南学院大)、植田隆子氏(国際基督大)、上野俊彦氏(日本国際問題研究所)、宇多文雄氏(上智大)、大島美穂氏(筑波大)、岡奈津子氏(アジア研)、岡田裕之氏(法政大)、小沢弘明氏(東京外語大)、小澤治子氏(新潟国情大)、笠原清志氏(立教大)、門脇彰氏(同志社大)、亀山郁夫氏(東京外語大)、川端香男里氏(中部大)、北川誠一氏(弘前大)、木
戸蓊氏(神戸学院大)、木村崇氏(京都大)、木村汎氏(日文研)、久保庭真彰氏(一橋大)、小久保康之氏(静岡県立大)、小森田秋夫氏(東京大)、小山洋司氏(新潟大)、斎藤晨二氏(名古屋市大)、定形衛氏(金沢大)、佐藤経明氏(横浜市立大名誉教授)、佐藤雪野氏(福岡教育大)、塩川伸明氏(東京大)、広岡正久氏(京都産業大)、篠原琢氏(東京外語大)、柴宜弘氏(東京大)、城野充氏(大阪大)、仙石学氏(西南学院大)、高橋和氏(山形大)、田畑理一氏(大阪市立大)、豊川
浩一氏(静岡県立大)、中井和夫氏(東京大)、中村靖氏(横浜国立大)、長與進 氏(早稲田大)、西村可明氏(一橋大)、沼野充義氏(東京大)、袴田茂樹氏(青
山学院大)、広瀬佳一氏(山梨学院大)、藤森信吉氏(慶應義塾大)、百済勇氏(駒沢大)、百瀬宏氏(津田塾大)、吉井昌彦氏(神戸大)、I. T. ベレンド(Berend)氏(カリフォルニア大)、L.
チャバ(Csaba)氏(市場調査研/ハンガリー)、P. ヨエンニエミ(Joenniemi)氏(平和・紛争研究センター/フィンランド)、A. ルドカ(Rudka)氏(東西研究所/ワルシャワセンター)、I.
サムソン(Samson)氏(国際関係研/スロヴァキア)、J. シェジヴィー(Sedivy)氏(カレル大/チェ コ)、V. ジュールキン(Zhurkin)氏(ヨーロッパ研/ロシア)
8月6日 J. ヒューベル(Huber)氏(在日オランダ王国大使館)
8月21日 S. スカリッチ(Skarik)氏(スコピエ大学/マケドニア)
8月28日 A. ペトロフ(Petrov)氏(ベオグラード文学・芸術研)
9月24日 G. シェフリン(Schopflin)氏(ロンドン大)、R. ヴカディノヴィチ (Vukadinovic)氏(ザグレブ大)、G.
ジュークス(Jukes)氏(中東・中央アジア研究センター/オーストラリア)、G. ジーモン(Simon)氏(東方学国際研/ ドイツ)
10月4日 安井亮平氏(早稲田大学名誉教授)、桧山真一氏(立命館大)、中村喜和氏(共立 女子大)、澤田和彦氏(埼玉大)
10月5日 外川継男氏(上智大)
10月23日 R. ルージチカ(Ruzicka)氏(カレル大/チェコ)
村上隆研究員は、7月10日〜7月22日の間「東シベリアにおけるインフラ現地調査」のた め、ロシア連邦に研修旅行。また、8月11日〜8月15日の間「極東行政府改革促進支援タス
ク・フォース参加」のため、ロシア連邦に出張。また、8月28日〜11月10日の間「ロシアの エネルギー戦略の実証研究」のため、イギリスに出張。
田畑伸一郎研究員は、7月31日〜8月14日の間「ロシア極東の企業・地域の統計調査」の ため、ロシア連邦に出張。
山村理人研究員は、8月19日〜8月31日の間「ロシア極東における農村調査」のため、ロ シア連邦に出張。また、9月14日〜9月23日の間「東中欧における企業改革の調査」のため、
ハンガリー及びチェコに出張。また、9月24日〜10月5日の間「ロシア農業調査」のため、ロ シア連邦に研修旅行。また、10月11日〜10月19日の間「国際シンポジウム;中国及び東中
欧における移行期経済」出席のため、中華人民共和国に研修旅行。
望月哲男研究員は、9月4日〜9月11日の間「ロシア・東北アジア・極東の文化交流の研究」 のため、中華人民共和国に出張。
家田修研究員は、9月9日〜10月11日の間「東中欧における地域経済協力関係のミクロレ ベル調査」のため、ハンガリー及びスロヴァキアに出張。
藤田智子研究員は、9月28日〜10月18日の間「現代ロシア文学におけるスカース及び関連 事象の研究」のため、ロシア連邦に出張。[加我]
・この季節になるとセンターで出回るのが北大の農場で収穫されたりんごやなし。スーパーの 売場で見るテカテカの画一果物とちがってひとつひとつの姿・色・形がきわめて個性的で見て
て飽きない。ただお味の方はイマイチ。もっともお菓子のような甘さの果物に慣らされてし まった私たちの舌の方がいけないんでしょうけど。ただで持っていけ、と置いておいても一向
に減らない。そこで料理上手の非常勤のNさんが一計を案じ、コンポートという甘い煮物にし て2階界隈に振る舞った。ほんのりレモンと洋酒の香りがただようその風味は、もとのなしと
は似ても似つかない上品さ。秋を満喫したひとときだった。・ところでたびたび耳にする“大 学の雑用”という表現。言わんとするニュアンスはよく分かる。でも分かった上でこう思って
しまう。「会社員は会社の仕事のことを“雑用”とは言わないけれど、大学の先生にとって大学 の仕事とは雑用なんだろうか。」 しかし、遠くない未来、もしM氏が述べているように「国家
配分の増額には期待できなくなり新たな資金源獲得の方法を考えなくてはならない」時がやっ てきたら... 大学教授が研究そっちのけで営業マンさながらにお金の調達に駆けずり回らなく
てはならなくなったら、その時はきっと「大学の仕事は雑用」と悠長なことを言っていた時代 をなつかしく思い返すんでしょうね。
1996年10月28日発行
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