重点領域研究
文部省科学研究費補助金の重点領域研究『スラブ・ユーラシアの変動−自存と共存の条件−』が、スラブ研究センターを中心として、平成7年度
から3
年間の予定で発足しました。
この地域における昨今の歴史事象を一定期間内に総合的にまた集中的に研究することにより、「スラブ地域研究」を飛躍的に発展させることをこの科学
研究費の目的としています。
★なぜ今スラブ・ユーラシア地域が重点領域研究の対象になったか
スラブ・ユーラシア地域(旧ソ連邦・東欧地域)はこれまで帝政、革命、社会主義、民族主義、工業化という現代世界史全体を縮図にした軌跡を歩んで
きました。この地域における昨今の変動(ソ連邦と共産党体制の崩壊、東欧革命、民族紛争の激化、東西冷戦構造の終演など)は類例を見ない画期的な歴史事象
です。大変動の推移を観察できる歴史的にも希な時期に居合わせた私たち研究者が、「変動」自体を研究テーマとして取り上げるのは当然と言えます。危機的状
態にあるときほど、阪神大震災が示したように、その国のシステム上の長・短所が見え、また国民性が分かるときはありません。言い換えれば、自分の恥部をさ
らけだし、見るに耐えないときであるかもしれません。それだけに、またバランスを欠く分析に陥りやすいともいえます。言い換えれば、心して研究活動を進捗
させるような研究プロジェクトが重点領域研究の対象になります。
★ねらいは何か
文明史のなかで大きな役割を演じ、日本にとっても重要な隣人であるスラブ・ユーラシアの地域研究はひとり日本のみならず世界の他の諸国においても
今、新たな進展と転換の時代を迎えています。
スラブ・ユーラシア地域とはヨーロッパ東部からアジア大陸にまたがる、スラブ系民族が優勢を占める地域です。この地域では中世以来、民族の移動や
多民族帝国の形成により複雑な社会・民族構成が出来上がり、政治・経済・文化のあらゆる面にわたって複合的な状況が生まれました。今世紀には革命ロシアの
成立と拡大により、スラブ・ユーラシアは社会主義体制という共通項を持つようになりました。近年ソビエト体制の崩壊という大変動があり、民族的分裂、政治
的混沌、経済的混乱、文化的復古などの現象が見られます。
この地域では現在多くの変革が試みられていますが、その過程で民主化、市場経済化という難題に直面し、しかも地域社会の分裂、再編、統合といった動きの渦
中にあります。スラブ・ユーラシア地域という巨大な空間が変動前と後でどのような異なる性格を持ち、そして今後各国家・民族・社会の自存・共存のためにど
のような条件と可能性を持っているかを見極めることがこの研究の主要課題です。ひいては、複合的な変動の現象を分析するために、学問の諸分野が有機的に結
びついた、新しい綜合的なスラブ・ユーラシア学の確立をも志向します。
世界史的重要性を内包するこの地域の変動の意味を分析するには、学際的・総合的な視点から研究されなければなりませんが、今こそわが国のこれまで
のスラブ・ユーラシア研究体制の立ち後れを解消し、学術的・社会的要請に応える必要があります。
変動がもたらした最善のプレゼントは本研究を遂行するのに必要な研究環境の諸々の変化です。事実、変動後はこの地域(全域ではないですが)での現
地調査が可能となり、情報量・情報源とも飛躍的に拡大し、研究対象分野も従来行ってきた政治学・経済学・歴史学・文学などから文化人類学・地理学・人口動
態学・社会学・宗教学・教育学などへと拡大し、より実証的な研究活動が可能になりました。したがって、研究対象単位も国家だけにとどまらず、民族、宗教、
スラブ・ユーラシア内の各地域などが加わり、新たなスラブ・ユーラシア学の確立のためには西欧近代主義の枠組みを再検討する必要が生じています。
★「自存と共存の条件」とは
本研究の指針として使っている「自存と共存」という意味ですが、前者は各行動単位が自立できる価値体系を指し、後者はこれら単位が共存できる普遍
的な価値体系をさしています。変動後のスラブ・ユーラシアでの共存パターンは国際関係あり、地域間関係あり、または民族間関係ありと、そのあり方が多様化
していると思われますが、これらの関係を結びつけている普遍的な価値体系を歴史や文化認識を踏まえて探ることが必要です。変動はこれら価値体系の連続性及
び非連続性という問題を提起していて、つまりこの地域全体の意味空間の変化が問われています。
この研究プロジェクトによる研究成果はただ単に当該地域や近隣諸国だけでなく、全人類の資産となるでしょう。日本の研究が世界的な貢献を行うまた
とない機会です。
★研究プロジェクト
研究は3つの柱、つまり、『政治』(政治システムの変革と地域間関係)、『経済』(経済システムの転換と新経済圏の形成)、『文化・民族』(社会変動と
自己認識)からなり、それぞれの専門的な視点から変動の諸様相(実態・意味・影響・将来の方向性など)を分析します。
初年度(平成7年度)に採択された研究プロジェクトは、総括班と「計画研究」9、「公募研究」10の計20プロジェクト、参加研究者総数85名(研究協力
者も含む)となりました。各研究プロジェクトの研究課題名および研究代表者名はつぎのとおりです。
[ロシア極東研究班] 運営責任者:藤本和貴夫(大阪大)
★平成7年度の研究活動の特徴
初年度でもあり、研究活動の多くの時間がまず研究体制の整備、そして資料の収集に当てられました。収集した資料の予備分析も文献資料をもとに行わ
れたものが多かったです。しかし、収集した資料のなかには数値資料も含まれています。しかも、これら数値資料および文献資料の多くが現地調査の結果得られ
たものです。当初スラブ地域の変動は研究環境の変化をも意味しているのではないかと予測していましたが、予測したとおり実証的な研究を現地で行うことが出
来ることをこれら資料は物語っています。今まで、この地での現地調査体験がごく少なかっただけに、その方法論に問題がなかったわけでなく、この段階では、
人的および財政的資源の有効利用の点で問われるかもしれません。しかし、多少の非合理的な方法も当初はやむを得ないのではないかと思っています。同時に、
これら調査作業が現地の社会不安情勢のなかで行われているだけに、物理的な危険が絶えず付きまとうのも問題です。現地調査に入り込めば入り込むほど資料の
山に埋もれ、この地域全体の意味空間の変化を見極めにくくなる様相を呈します。これは変動の最中にいるこの地域を研究する研究者にとって避けがたいプロセ
スであり、課題でもありました。
各研究班が入手した資料は各班長が進んで出来る限り迅速に資料一覧表または報告輯(資料編)として公表し、当該重点領域関係者に広く利用されるの
が望ましく、現在ではその方向に進んでいると思われます。
★今年度開催した研究会議
重点領域研究準備全体会議
平成7年1月27日開催。
計画研究代表者会議
平成7年4月1日より隔週月曜日北大スラブ研究センター会議室にて開催し、研究活動
進捗・推進のための具体的な問題点および事務局運営事項につき意見交換しました。
(西村班ーB03-のみ村上隆教授が代理出席)
計画研究班会議
平成7年4月1日より7月1日までに全んどの計画研究班が各々研究活動開始打合会を東
京で催しました。平成7年7月15日、全ての計画研究班が各々研究報告会を札幌で催しました。同研究報告会にはいくつかの公募研究
班も参加しました。平成8年1月中旬から同年3月中旬 までに全ての計画研究班が札幌または東京で打合会および報告会を催しました。
国際シンポジウム
平成7年7月13・14日、重点領域研究総括班主催の国際シンポジウムを札幌で開催しました。
市民交流シンポジウム
平成8年3月2日、計画研究班(C01,C02,C03)を中心に総括班主催の日露シンポジウム「小樽から見る日露関係史:過去と未来を つなぐ
もの」が小樽で開催され、日ロの専
門家が一堂に会して日露関係史について公開で討議しました。小樽市民を交えて、パ
ネリストが本テーマにつき率直に話し合う場をもうけたことは、今後、当該重点領域
研究が市民社会に貢献できる貴重な体験となりました。
全体研究報告会
平成8年1月25・26日、重点領域研究総括班主催の社会・政治的諸局面に焦点をあてた「スラブ・ユーラシアの変動」全体研究報告会が開催されま
した。同報告会には計画研
究班のみならず公募研究班多数が参加しました。
合同会議
平成7年7月15日札幌にて総括班・計画研究班代表者合同会議を開催、今後の研究活動 推進策につき協議しました。
平成8年1月27日同合同会議を札幌で開催、今年度の研究活動の点検と次年度の研究活 動につき協議しました。
全体会議
平成7年7月15日札幌にて開催、同日行われた合同会議の決議事項を報告・質疑応答すると共に、総括班メンバー(加藤九祚氏)による基調講演を行
いました。平成8年1月27日札幌にて開催され、総括班メンバー全
員による点検評価が行われました。
★出版活動
(文責:皆川修吾)