●バーキン, ドミートリー Bakin, Dmitrii
「出身国」 Strana proiskhozhdeniia. Limbus press, 1996. 他
解説 沼野充義
1.作家について
モスクワの作家。まだかなり若い。経歴不詳。《Nezavisimaia gazeta》 31-XII, 1996 に短い紹介(Al. Mikhailov による)。まだ20代か? ペレストロイカの時期に 《Ogonek》 に大きな短編を二つ発表してデビュー。大きな反響を呼ぶ。<<Ogonek>> 付録の小さな短編集も出、その後仏訳の単行本も。
はじめての本格的な本は、短編集 《Strana proiskhozhdeniia》 (Limbus Press,SPb., 1996)。これで1996年度アンチブッカー賞(小説部門)受賞。しかし、その姿はいまだに「謎」で、生活費を稼ぐためにトラック運転手をやっているとも。
2.作品について
短編集 《Strana proiskhozhdeniia》 には7編が収められている。その中から2点を紹介。
(1)《Strana proiskhozhdeniia》
ロシアの田舎町。35歳で独身のマリヤ(母と暮らしている)はある日、駅から身長1.5メートルしかない男を連れてきて夫にしてしまう。
男の奇妙な持ち物 ── 家系図と、7本の歯と "Ideia" の髪の毛。
男の過去はほとんど語られない ── 残ったのは "gul" のみ。
男が発する kholod に耐えられず、マリヤの母は家を出る。
射撃場で働く男。“不死”にとりつかれる。病気で入院、悟りの到来。
(2)《Koren' i tsel'》
刑務所帰りのバスカーコフが小村に現れ、兄の援助を得て黙々と家を建て始める(ほとんど口をきかず、過去は分からない)。完成すると家族を Dzhezkazgan から呼び寄せる。── 美人で若い妻と娘。借金の返済を兄に迫られ、家をまたもや失いそうになるバスカーコフ。娘が若い男に強姦され、男を殺し、再び刑務所行きになって家を失う主人公(これもすべて兄の企んだことだった?)
(3)《Strazhnik lzhi》 (《Znamia》 No. 1, 1996. pp. 107-118.)
自分の以前の妻(離婚していた?)の死がどうしても信じられないコジューヒンという男(電話局の電気技師)。妻を取り戻したい一心で、狂気の行動をとる。アパートを売り払い、高い利子をあてにして銀行に預け、自分は廃屋で暮らし続ける。母は一緒に暮らすように説得するが、かたくなに応じない。妻の姉妹の家に度々押しかけ、気味悪がられる。
・犬の死体から皮を剥ぐ。
・妻のために遺言状を作ろうとし、公証人のところに行き、公証人からあなたの奥さんはすでに死んでいると言われても、信じない主人公。
3.コメント
・新しい master の登場?(個人的にはタチヤーナ・トルスタヤを思い出す)
・特異な文体の力 ── しなやかで、たたみかけるように長く続いてゆく。しかし、難解というよりは、生理的にロシア語の特性を生かしきっていて、読んでいても快い。(cf. プラトーノフ、トルスタヤ) (cf. フォークナー)
・登場人物 ── 不可解な謎を抱えていて、容易にコミュニケートできない。エロスの欠如。抽象的・理念的描写に傾き、過去の realii(korni) は意図的に描かれない。場所、時代も特定されないものが多い。
・幻想的要素は薄い。ステパニャンの言う「新しいリアリズム」? プラトーノフ、フォークナーを連想。
(評)
Vl. Sobol'. Literaturnaia gazeta, 4-XII. 1996.
K. Stepanian. Realizm kak preodolenie odinochestva. Znamia, No. 5, 1996.
書評 Znamia, No. 8, 1996.
沼野 ロシア年鑑概観も参照。
I. Ivanova も高く評価。
個人的には、異様な手応えを感じた(おそらく大作家に成長する)。