サハリン北東部大陸棚の石油・ガス開発と環境V

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大陸棚開発関連の危機管理体制の比較研究: ロシア、ノルウェー、日本

皆川 修吾(北海道大学スラブ研究センター)


1.ロシアの危機管理システム

環境・開発行政機構

 ロシア国内での資源開発企業(オペレーター)は生産物分与(PS)協定による開発合意形態をとることになっているが、生産物分与法(連邦法 No.225, 1995年12月30日制定、1999年1月7日修正法制定、国内外の開発企業はPS協定で鉱区を開発する場合、議会の審査を受ける義務がある)第7条第 2項によれば、「PS協定上の開発はロシア連邦法を遵守し、同時に作業の安全性、下層土の保護、自然環境および住民の健康に関する基準や規則を遵守し、施 行する」こととしている。そのため、開発企業は下記の義務がある。
(関連項目のみ下記に列挙)

  1. 開発作業が自然環境の破壊に繋がらないよう未然の防止対策を講ずること、そして破 壊した場合は救済策を講ずること。
  2. 自然環境破壊に繋がる危険な事故が生じた場合に備え、賠償責任保険をかけること。
  3. 開発事業終了時に、すべての既設開発作業施設を撤去すること。
  4. 当事者間で、国際的に慣行化されている、作業の安全性、下層土の保護、自然環境お よび住民の健康に関する基準や規則を準用することができるが、事前に定められた手続きを経て関連連邦機関の承認を得ること。

 PS法の特徴は、事業主体である国を環境事業運営・監督の責任者としており、開発にと もなう環境保全・破壊の第一の責任者を事業運営する開発企業(オペレーター)としていることである。
国の危機管理行政機構を大局的にみれば、環境行政機構と環境汚染防除機構に分けることができる。以下、二つの機構の仕組みをサハリン大陸棚開発にできるか ぎり関連付けて記述すれば次のようになる。

 基礎的な自然環境保護関係を規定し、その基本方向を決定しているのが、ロシア・ソビエ ト社会主義共和国法(1991年12月制定)「自然環境の保護について」である。その後、民営化プロセスと石油・天然ガスの採掘量および輸出量の増大計画 などを背景にして、自然環境保全分野の安定した発展を保証するための現代的な法的基盤整備の必要性を感じ、現在環境保護基本法と関連法採択のプロセスにあ る。これら法律の採択は、歩調をそろえた環境保全活動を実施するために天然資源関連省庁間の業務調整と調和のとれた危機管理システムの創出を目指してい る。事実、一連の連邦法採択により、自然保護法体系が漸次改善されている。そのなかで、資源開発にとりわけ関係する環境関連連邦法は、1995年以降制定 された「環境アセスメント」、「地下資源について」、「ロシア連邦大陸棚について」、「排他的経済水域」、「領海および内水面について」、「水法典」など である。
 いずれ環境保護基本法とみなされるであろうロシア連邦環境・自然保護省作成の修正法案「自然環境保護について」(1995年)では、環境権の保証、経済 的利害への配慮(持続的発展)、自然利用有償制の原則が盛り込まれている(参照資料1/1/2, p.21参照)。
 「環境アセスメント」法によって、計画されるあらゆる開発活動の潜在的環境破壊を前提にするという原則が明文化された。今後、環境に否定的な影響を及ぼ す可能性のある開発プロジェクトは、国家環境アセスメントを受けることになり、国家環境アセスメント委員会には必要なすべての情報を官民を問わず関係者か ら要求する権利が与えられている。同時に、環境モニタリング実施義務が規定されている。また、国家環境アセスメント委員会は環境アセスメントの肯定的結論 が得られなかったプロジェクトへの資金提供停止要請書を銀行へ送る権利を持っている(1/1/2, p.30)。
 環境行政の中枢機関であった環境保護・天然資源省が1996年8月4日、大統領令(No.1177)により、環境の利用と機能を分離し、天然資源省と環 境保護国家委員会となった。同省の環境保護部門が国家委員会に格下げになり、これは国家の環境保護への優先度低下を反映したと一般に受け取られているが (1/2/15)、環境保護に関する最重要監督官庁であることに変わりはない。連邦国家環境委員会の下部組織として連邦構成主体各々に国家環境委員会があ る。そして構成主体の委員会の傘下に地区および地区間レベルの委員会がある(1/1/6)。
 上記2省庁の行政業務分担を地下資源利用者の作業認可手順を例に取り説明すると、天然資源省が毎年開発の対象にすべき地下資源の鉱区の入札を公示する。 オペレーターは入札を通じて鉱区利用ライセンスを獲得する。そのライセンスには鉱区の試掘井段階、生産段階で何をしてよいか明示されている。利用ライセン スを獲得し、掘削を始める前に、関係諸機関(鉱区が陸上部、沿岸部、または経済水域によって異なる)から許可証、合意書を取り付ける必要がある。このよう に関連連邦法、政府決定、省令、規則などを遵守するほか、鉱区が12カイリ領域外になると国際海洋法の適用対象になるので、海洋汚染の国際基準、その他批 准済みの関連国際条約に準拠することが義務づけられている。
 オペレーターはプロジェクトの実施前に、国家環境委員会による環境基準のアセスメントを経て、環境ライセンスを受け取る必要がある。アセスメント委員会 は外部からエコロジー専門家を招いて審査する。審査料は申請者が負担する。エコロジー専門家によるアセスメントの目的は施設の建設、事業の展開が生態系破 壊の許容範囲にあるかどうかの検証を行う点にある。連邦構成主体レベルの国家環境委員会が担当できるのは、50万米ドル未満(法令の中でドル明記)の施設 の環境アセスメントであり、50万ドル以上はロシア連邦国家環境委員会が実施する(1/1/6)。例えば、サハリン大陸棚開発「サハリンI」,「サハリン II」は連邦レベルのアセスメントを受けている。これらアセスメントにはかなり厳しい批判文が内外の専門家から国家環境アセスメント委員会宛に寄せられて いる(1/1/8)。「サハリンII」は環境ライセンスを供与され生産開始しているが、オペレターがこれら批判に答え、環境保全の措置をしたという報告は 受けていない。
 天然資源利用有償の原則に基づき、資源利用過程で環境汚染を起こした場合、オペレーターは汚染被害の賠償金を支払う。国家環境委員会の中に基準化・ライ センス部があり、自然に対する影響の基準を定めている。この基準を越えて汚染をもたらした場合、オペレーターは特別な口座(エコロジー基金)に賠償金を支 払う必要がある。エコロジー基金は環境負担金および賠償金・罰金により形成されている。この基金は連邦内および各連邦構成主体内における自然環境保護措置 のための目的に特定して支出されている。
 環境ライセンスを供与された後、オペレーターは毎年環境対策を決め、汚染発生源につき一覧表を作成しライセンス供与した国家環境委員会に提出しなければ ならない。発生源を特定し、基準以内におさめる措置について地区レベルの環境委員会との間で協議を行う。オペレーターにとって環境分野の年間計画を立てる ことは企業の出費を節約できる。オペレーターは環境対策費を負担するが、環境委員会の基準に照らして必要なものを含めた環境保全計画を立てた場合、実際の 環境基金への負担金支払いは30%でよく、残り70%は自社の環境対策費として留保して良いという特例がある。構成主体レベルの環境委員会から地区の環境 委員会に対し、どのように汚染予防するのか、また汚染した場合どのように除去するのかなどの情報が提供されているので企業側は積極的にそれらを活用し、起 こりうる環境汚染を未然に防ぐためのコンタクトを常時もっている。新たな生産設備を設置する場合、地区の環境委員会と事前協議を行い、そこで内容が細かく 詰められるため、実際の手続きを構成主体レベルもしくは連邦レベルの環境委員会で行う場合、簡素な手続きで済ませることができる(1/1/6)。
 掘削作業を始める前に、自然環境保護のあらゆる機関とオペレーターが出席する会議を行政府が行う。油井掘削船に国家環境委員会の専門家が同乗し、検証 (インスペクション)を行う。連邦構成主体レベルの国家環境委員会には連邦国家環境委員会の承認を受けたマニュアルがあり、これに基づいて環境インスペク ターは、掘削の際の汚泥(マッド)処理について許可された条件のもとで行われているか、掘削くずをどのような海流速のもとでどのぐらいの量を海洋投棄して いるか、浄化装置を経て投棄してよいものとそれを経ないで投棄してよいものについての規則を守って行っているか、などの検証を行う。環境インスペクターは また定期的に投棄物、排水物のサンプルを国家環境委員会の実験室に持ち込み検査を行っている。掘削船上で事故が発生した場合、環境インスペクターは流出油 の報告基準や報告手順が細かく規定されたマニュアルに従い行動することになっている。また、試掘中のモニタリングは関連機関が独立して分析する。掘削が終 了すると、掘削前同様、関係者が同席し、実施期間中、各関連機関から職務に応じて行った査察・監督、また掘削事業につけられた条件を満たしたかどうかの点 検を行う。


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