SRC Winter Symposium Socio-Cultural Dimensions of the Changes in the Slavic-Eurasian World ( English / Japanese )


ロシアにおける体制変動と国家教育標準の編 成

園 田 貴 章 (佐賀大学)

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 現在のロシアの教育改革は「教育の人間化」をその中心理念としている。旧ソ連時代の教育は、個人を国家の「ねじ」と見ていたのに対して、新生ロシ アの教育は、個人を2つとない個性をもった人格と認め、人間を社会・教育の中心におくとしている。教育理念のこの根本的転換の契機となったのが、ソ連邦国 民教育国家委員会の下につくられた臨時研究調査集団(基礎学校)の「普通中等教育基本構想案」(1988年8月)であり、それは同年12月の全連邦国民教 育従事者大会で承認され、その後の教育の国家政策の理念として宣言された。

この考え方は、ソ連邦崩壊後も受け継がれた。92年7月制定の「ロシア連邦『教育に関する』法律」(以下、ロシア連邦教育法、と略する)で、「教育 とは、・・・・・・個人、社会、国家の利益を追求する、教授・学習と養育の過程とする。」と規定された。この規定の中で個人の利益が他の利益の前におかれ ていることにその理念は結実しているとトカチェーンコ前教育相は強調している(トカチェーンコ〔前〕教育相報告「ロシアにおける教育の人間化の諸問題」、 ユネスコ国際会議『寛容と教育』、1995年11月28日。出所:ロシア連邦教育省『ロシアの教育の基本的総括、問題、発展の道(1996年)』、モスク ワ、1996年、31頁)。

「教育の人間化」の理念は、児童生徒とその親に多様な選択権を与える形で現れている。教育系統(Profilユ)の選択権の他に、プログラム、教科 書、最終試験の形態の選択権ばかりか、学校の選択権も与えており、さらには、教育を受ける形態も子どもと親が選べるとしている。子どもたちの個別性に着目 し、発達のたどり道の多様性を視野に入れ、個性を開花させる教育をロシアに実現したいと言う(トカチェーンコ、上記報告、33頁)。

 その目的は素晴らしい。しかし、その実態は子どもと学校の現状に冷淡な理想主義に思える。エリートのための学校(ギムナジウム、リセなど)づくり は国家政策として一段と奨励するが、それ以外の「普通の学校」には、子どもを収容し、最低限の知識を教える場として機能することを国家は期待しているので はないか。(*)

 ※『子どもと教育の白書(1995年)』は次のように述べている。

「学校はどのように変わったのか、変わろうとしているのか。親が仕事から帰るまでの間、子どもたちが過ごす収容所・配給所へ変身した、変身しようと している。・・・・・・この4年間で幼稚園の9,600校が閉鎖された。今年〔95年〕は、農村部だけでなく、都市部でも普通教育学校の閉鎖が目立ってき ている。・・・・・・このような事態は、憲法の市民の教育を受ける権利の保障とどのように両立するのだろうか。」(『生きよ、そして学べ−−ロシアの子ど もと教育の白書』モスクワ、MIROS、1995年、52頁。 MIROS<ミロース、Mosk. institut razvitiia obrazovatelユnykh sistem、モスクワ市教育システム発展研究所>、A.M.アブラーモフ所長。)

本報告で取り上げる国家教育標準は、「ロシア連邦領域内での教育空間の統一の保障」と「民族、地域、地方の社会的特殊性と伝統の考慮」(教育省令、 93年6月7日、第237号)を同時に満足させるために作られる、学校の教育内容に関する全国的標準を指す。教育の自由化(上記の選択による教育の実現) と教育の統制という相対立する方向の止揚をその目的・構成原理とした、教育改革の方略的要の文書である。以下、国家教育標準の特質を述べ、その問題性をノ ヴォシビルスク州・市と学校の実状の中に探ることとする。

 

I.国家教育標準の編成

 92年7月10日、ロシア連邦最高会議で、現在のロシアの教育に関する基本的法律であるロシア連邦教育法が採択された。(*)

 *邦訳は次の通りである。

 ○ソビエト・ロシア教育研究情報ネットワーク共同翻訳(所伸一監訳)「『ロシア連邦の教育に関する法律』全五八条(上)」『季刊 教育法』第93 号、146〜152頁。「同(下)」『同』第94号、60〜70頁。

 ○川野辺敏監修 関啓子・澤野由紀子編集『資料 ロシアの教育 課題と展望』新読書社、1996年4月、475〜518頁。なお、96年1月同法 律の一部が改正・補充された。

 1994年2月28日に、同法律の第7条(「国家教育標準」)第5項に従い、政令第174号「初等普通、基礎普通、中等(完全)普通、初等職業教 育の国家教育標準の連邦構成要素の検討、承認、施行手続の承認」が公示され、5月3日に教育省令「国家教育標準の連邦構成要素の検討のためのコンクール実 施に関する規程」(第161号)が出され、同年6月1日より、国家教育標準作成のためのコンクールが開始された。

 このコンクールは3つの段階で行われ、すでに終了した。第1段階では、国家教育標準の基本構想に関する応募資料の審査が行われた。その結果、 V.S.レドニョーフを代表とする、ロシア教育アカデミー普通教育研究所のグループの国家教育標準の基本構想案が第1位となった。続く第2・3段階では、 各教育分野の教育標準に関する応募資料の審査が行われ、最終的には14件の教科等の標準案がコンクール第1位となった。それらは、「初等学校」「生物」 「ロシア語」「文学」「学校体育」「数学」「英語」「ドイツ語」「美術」「化学」「歴史」(「社会科学」を含む)「情報科学」「地理」に関する案である (『9月1日』紙<モスクワ>、1996年10月31日付、No.108、1頁)。当初、97年春にも国家教育標準法が採択されると報じられたが、国家教 育標準に関する意見を広く集めるため、国家会議(Duma)への上程が先送りされる可能性も出てきた(同紙、1996年10月31日付、No.108、1 頁。並びに同紙、1996年12月2日付、No.121、2頁)。

 しかし、コンクールへの応募を教育省は広く求めたが、応募数は少なかった。基本構想案や教育内容標準案を提出できたのはロシア教育アカデミーの研 究室などの人的・財的条件のそろった機関だけであり(96年11月の『9月1日』紙本社での聞き取り)、また、コンクールの審査過程が公開されなかったと のコンクールの運営自体への批判もあった。

 国家教育標準は、「学ぶ者の教育の構造、その内容、その水準に対する規準や要求を定めた文書」(下線部は筆者による)として示されている(教育省 参与会決定<1993年3月24日、第5/1号>の添付資料、1頁)。

 上記定義を基に、国家教育標準について以下説明する。

 「教育の構造」とは、具体的には基礎学習計画(Bazisnyi uchebnyi plan)を指す。基礎学習計画とは、教育分野の種類と、各教育分野の週当たり時数を定めたもので、教育省や地域教育行政機関によって例示される学習計画 (例示的学習計画)や学校で作られる学習計画の、国家が定める基準(教育分野の指定)であり、規準(達成すべき週時数の規定)である。教育省令(1993 年6月7日、第237号)で、臨時基礎学習計画(以下、基礎学習計画とよぶ)と例示的学習計画が示された。基礎学習計画は95年に一部修正された(表 1)。

 

【表1】ロシアの普通教育機関の基礎学習計画


(ロシア連邦教育省『ロシア普通中等教育 規準文書集 1995/96年度』モスクワ、ノーヴァヤ・シコーラ社、1995 年、104頁。なお、第7学年の時数の計算に誤りがあると思われる。)

 基礎学習計画は不変的部分と可変的部分に分けられている。不変的部分とは、連邦全体で必修の教育分野(連邦の構成要素)である。その中に、民族 的・地域的内容を一部加えることも認められている。この教育分野を、例として、日本の学校教育法施行規則の高等学校の教育課程の編成に関する規定、第57 条関連の別表第三と照合すると、それは「各教科」に相当する。この教育分野の中にこの別表の「各教科に属する科目」に相当する教科群が列挙されているので ある。学校には各学校の状況に合わせて教科を選ぶ権利が認められている(ロシア連邦教育法、第32条「教育機関の権限と責任」第2項第六号)。

 可変的部分は学校の構成要素とよばれ、学校裁量の部分である。各学校は、任意の教科を必修あるいは選択必修とすることができる。この他、選択の時 数も設けられている。

 基礎学習計画のもう一つの要素に、学習者の最大学習負荷がある。上記の不変的部分と可変的部分の教科の総授業時数の最大限(表1の 「総計」)を示したものである。この時数を基準に学校への公費支出が行われるのである。

 基礎学習計画は、以上のように、学校の教育内容への国家関与を最小限にすることを原理としている。旧ソ連時代には、教科も週時数もさらには教科書 も一律に国家によって決められていたので、これは大きな変化である。

 「教育の内容」とは、具体的には、各教育分野ごとに示される大綱的基準を指す(ロシア連邦教育法の第7条第1項中の「基礎教育プロ グラムの必須内容の最小限度」)。国家は具体的な教育内容作成にタッチせず、そのための「必須内容の最小限」、つまり大綱的基準を示すにとどめているので ある。

 最後に「教育の水準」とは、「卒業者に必要とされる学力水準」(ロシア連邦教育法第7条第1項中)を指す。同法律の第15条第4項 に、「基礎普通教育、中等(完全)普通教育及びあらゆる種類の職業教育の教育プログラムの履修は、卒業生に対する義務的な最終試験によって完了する。」と あり、その実施は、国家試験局が担当することになっている(同法第15条第5項。96年11月現在設置されていない)。

 以上のように、国家教育標準は、全体的には、教育の自由化と教育の統制という矛盾する方向の止揚を構成原理としているが、その実体は国家カリキュ ラムと規定できる。国家教育標準の編成において、国家は、教育の外的事項(学校教育を支える条件)の整備には触れず、教育の内的事項(学校教育の目的と内 容)にのみ言及しており、国家主導による教育内容の標準化が目指されているからである。(*)つまり、国家にとって、国家教育標準とは、地域や学校に活動 の余地を残しつつも、「それぞれの学歴証明書を得るために、個人が到達しなければならない学歴要件、教育水準」(V.M.ポロンスキー著『ロシア連邦教育 関連法 概念・術語辞典』モスクワ、MIROS、1995年、24頁)を示すものでなければならないのである。

 *国家教育標準の編成に一貫して反対の論陣を張っている『9月1日』紙も、「われわれは再度こう述べたい。生徒の知識に標準はあり得ない。知識 に、ではなく、教育の条件に標準はあり得る。」と述べている(『9月1日』紙、1996年10月31日付、No.108、1頁)。

この国家教育標準に対して、「分権化をかなりの程度において示している」(**)とか、「緩やかな基準」(***)といった評価がなされている。し かし、教育分野の一部を削除する権限は地域にも、学校にも与えられていない。それは国家の権限である。また、現実として、連邦構成要素とされた各教育分野 の履行を前提に公費の支出が行われるのである。その点で、地域や学校の教育内容決定権は限定された範囲内でのみ認められているのである。また、上述のよう に「アウト・プット」に国家規準が設けられている。それ故、緩やかとも言えない。

 **遠藤忠著「教育課程システムの特質」、川野辺敏他編『ロシア連邦の新しい教育課程の特色−−地域との連携を視点として−−』国立教育研究所、 1996年3月、378頁。

 ***澤野由紀子著「ロシア連邦における教育改革の現状と社会主義教育の『遺産』」『比較教育学研究』第22号、1996年6月、57頁。

 

II.ノヴォシビルスク州・市における基礎学習計画導入をめぐる現状

(1)ノヴォシビルスク州・市と学校の概況

 ノヴォシビルスク州はロシア連邦西シベリヤ地域に位置し、その州都がノヴォシビルスク市である。州人口は、約2,782,000人。ノヴォシビル スク市人口は、約1,436,000人。産業面では、「機械製作と冶金が工業生産の65%を占め、建設資材、食品、繊維、皮革製品の生産が盛 ん・・・・・・」との説明がある。軍事関連産業が現在民営化に苦しんでいるとの説明を当地で聞いた。また、同市にはロシア科学アカデミーシベリヤ支部が置 かれ、郊外には学術都市、アカデムガラドクがある。近辺の州と比較して、知識階層が比較的多く住んでいることが特徴である。

 ノヴォシビルスク州全体の学校数は、96年5月現在1,632校、内632校が農村部の学校、残り1,000校が都市部の学校、ノヴォシビルスク 市の学校数は210校、生徒総数は182,000人である。(*)

 *人口や産業関係の資料は、『ロシア・ソビエトを知る事典』(平凡社、1993年)による。学校に関する統計は、ノヴォシビルスク州行政機関国民 教育総管理局と市の教育行政局での聞き取り調査による。

 

(2)ノヴォシビルスク州の地域学習計画検討の経緯

 同州の地域学習計画の作成にあたったのは、州行政機関内の国民教育総管理局の教育内容課である。95年3月28日に国民教育総管理局参与会で「ノ ヴォシビルスク州の基礎学習計画と教育内容の地域的構成要素について」の決定がなされた(参与会決定、第2号)。この参与会で、教育内容課が提案した、ノ ヴォシビルスク州地域学習計画案が承認された。また、「シベリヤの保健教育(Valeologiia)」、「シベリヤの生態」、「シベリヤの経済」、「シ ベリヤの諸民族の歴史と文化」といった州独自の教科をつくることが決められ、学校にその導入を勧告することとなった。この地域独自の教科は学校の構成要素 の時数を用いて教えるよう勧告されている。この参与会決定をもって、ノヴォシビルスク州での基礎学習計画導入のための基本的手続は終了した。

(3)基礎学習計画とノヴォシビルスク州の地域学習計画の相違点・独自性

 国家レベルの基礎学習計画とノヴォシビルスク州の地域学習計画の総授業時数は同じである。ただし、授業時数の内訳を見ると、地域学習計画では、学 校の構成要素、つまり学校裁量の部分の時数の運用方法が指定されているのである。この点が大きな相違点であり、また独自性である。しかし、学校が地域学習 計画に従い、かつ、地域独自の上記の教科を導入すれば、学校が独自に行う教科・コース・活動の時数が減少するという問題点が生じる。(*)

 *基礎学習計画では、例えば、第11学年生の学校の構成要素として設定されいる「必修、選択必修授業」の時数(12時間)と「選択による、個別、 グループ別授業」の時数(6時間)の合計は18時間である。学校には、この時数を使って、任意の教科・コース・活動を必修、選択必修、あるいは選択として 11学年の生徒に履修させる自由が与えられている。しかし、ノヴォシビルスク州の地域学習計画では、「国家言語ロシア語、言語と文学」の教育分野に2時 間、「自然的領域」に4時間、「数学」に1時間、「体育」に1時間、学校の構成要素の時数を割くように計画されている。行政サイドがその時数の運用を指定 しているのである。しかし、これはあくまで勧告であり、強制ではない。

この問題は全国でも生じているようである。ロシア連邦教育省は書簡を出し、次のように憂慮している。

「基礎学習計画導入の試みは、いくつかの否定的な傾向を引き起こした。地域の教育行政機関が、自ら決めた地域の構成要素を、教育機関の学習計画へ導 入させる際、それを勧告ではなく、要求していることも希ではない。その際、決まって、一時間で終わるコースも含めて、教科の数が著しく増やされているので ある。地域の教育行政機関のこのような堅い態度が、学校の構成要素を著しく縮め、いくつかの場合では消滅させているのである。」(ロシア連邦教育省書簡、 1996年6月14日、第27号、「普通教育機関における基礎学習計画の実現について」『9月1日』紙、1996年10月10日付、No.99、付録の5 頁。)

(4)ノヴォシビルスク市における基礎学習計画導入の状況と導入できない最大の原因

 94/95年度にノヴォシビルスク市の学校を対象に行われた調査によれば、同市210校の内、30校だけがこの基礎学習計画を全学年にわたって導 入することができた(「ノヴォシビルスク市の学校教育に関する統計資料」、未刊行物)。つまり、この資料によれば、93年6月に臨時基礎学習計画が公表さ れて1年たった時点で、ノヴォシビルスク市の約14%の学校しか基礎学習計画を導入していなかったのである。これら30校は、当地での聞き取りでは、ギム ナジウム、リセ、カレッジ、英語や仏語などの外国語教育強化校とのことであった。

 さて、基礎学習計画の学校への導入とは次のことを意味する。

 ○基礎学習計画の各教育分野に掲げられている教科群の中から教科を選択する。

 ○その教科を基礎学習計画、実際には例示的学習計画で規定された時数で指導する。

 ○学校の構成要素として、学校独自の教科・コース・活動を設けるか、または地域の国民教育総管理局の勧告に従って、地域独自の教科を指導する。

 このような要件を学校の学習計画は満たさなければならないのである。

 これらのことは何よりも、必要な資格をもった教員が必要な数だけ確保されて初めて実現する。しかし、この前提条件を満たせない学校が多いと思われ る。教員採用の現状を、ノヴォシビルスク市の教育行政官は次のように説明した。

 「かつては国家が教育大学卒業生を市の周辺部の区や農村部の学校にも配属していた。しかし、92年に現在の教育法が制定され、教員の採用が学校単 位で行われるようになると、生活に不便な地域の学校へ赴任する教員がいなくなった。教育行政局は現在、教員を管理できない状態にある。」(95年10月)

 この問題の全国的状況を95年度の教育白書に見ると、ここ数年の教員の数はロシア全体で150万人前後であり、そして、94年に学校を辞めた教員 の数はその総数の5.9%(約88,500人)である。この内、退職ではなく、経済や商業の分野に転職した教員は、92/93年度は退職した者の 34.8%であったが、93/94年度は38.9%と増える傾向にある。教員不足は94/95年度までで、約81,600人(93年度以前に比べて、約 5,300人不足数の増加)、その内、約32,600人が農村部の教員の不足数であり、モスクワでも約5,500人不足とのことである(MIROS、前掲 書、50〜51頁。)

 基礎学習計画が導入できない最大の原因は、教員の不足とその地域ごとあるいは学校ごとの偏りである。学校訪問調査を通して、導入できない学校の実 態をさらに探った。

 

III.基礎学習計画を導入できない具体的原因

 ----事例調査から明らかになったこと----

 

 ノヴォシビルスク市の第3番学校と第10番学校を事例とする。3番学校は、基礎学習計画をいまだ導入していない学校。10番学校は、3年前にそれ を導入した学校である。

(1)事例校の概要

【第3番学校の概要】

所  在  地: ノヴォシビルスク市ジェレズノダロージュヌィ区
アクチャーブリスカヤ通り、5番地。
ノヴォシビルスク市の中心部の学校。
10番学校とは同じ校区にある。両校の距離は約300メートル余り。
学校設置形態 : 公立
教 育 段 階: 初等、基礎、完全中等教育段階。
学校 の 名称: B.ボガートコフ名称公立第3番普通教育中等学校
児童・生徒数
(95/96年度):
488名(小規模校)
学  級  数: 22学級
授業時間割編成: 一部制
教  員  数: 30名(常勤:29名 非常勤:1名)
その他に時間給講師:11名
校     長: 33歳。男性。
教職歴:7年(本校でのみ) 校長歴:5年(本校でのみ)
担当教科:「製図」「造形美術」
(95年10月と96年5月の計2回聞き取り調査を行った。)

同校の教育の特色

○現在の基礎学習計画が提示される前の「91/92年度のロシア共和国の中等普通教育学校学習計画」で示された例示的学習計画(以下、以前の例示的 学習計画とよぶ)の中から学習計画を選択している。

○高等教育機関との提携による教育を行っている(「モデルにそった教育機関の教育活動」)。公立第3番看護学校と水運単科大学と提携。

「モデルにそった教育機関の教育活動」について:「中等教育学校と高等教育機関との個別の緊密な連携によって行われる。契約により、大学が学校を本格的に 援助し、上級学年生が当該の大学に入学できるように徹底的に教育する。この目的で、大学の専門家が特別コースまたは個々の教科を生徒に教える。卒業生は学 校が契約を結んだ大学に優先的に入学することができる。」(タチヤナ・パブロワ氏<ノヴォシビルスク国立教育大学・教育学講座長>の説明)

この学校に隣接して公立第3番看護学校があり、第10・11学年の2カ年で、看護学校1年生のすべての教科が学べるように時間割が組まれている。この学校 の卒業生は優先的に看護学校に入学することができ、しかも、第2学年に編入できる。以前の例示的学習計画の「労働と職業教育」の週時数2時間と「社会的有 用生産労働」の4時間の合計6時間を同校ではこの特色ある教育に転用している。系統別クラス(<Nラス)でこの教育は行われている。

【第10番学校の概要】

所  在  地: ノヴォシビルスク市ジェレズノダロージュヌィ区
レヴォリューチヤ通り、31番地。
ノヴォシビルスク市の中心部の学校。
3番学校とは同じ校区にある。
学校設置形態 : 国営
教 育 段 階 : 初等、基礎、完全中等教育段階
学 校 の 名 称: 第10番名称学校(英語教育強化校)
児童 ・ 生徒数
(95/96年度):
1430名
学  級  数: 42学級
授業時間割編成: 午前と午後の二部制
教  員  数: 97名(常勤:90名、非常勤:7名)
その他に時間給講師:37名
校     長: 36歳 女性 
教職歴:14年(本校でのみ) 校長歴:4年(本校でのみ)
担当教科:「歴史」「哲学」「人間と社会」
(93年10月、95年10月、96年5月の計三回聞き取り調査を行った。)

同校の教育の特色

○基礎学習計画公表後直ちに、93/94年度より、それに基づき学校の学習計画を編成した。その他では、ノヴォシビルスク州の地域学習計画、さら に、担当教員独自のプログラムに基づいている。

○高等教育機関との提携教育の状況

ノヴォシビルスク大学、ノヴォシビルスク工業大学、ノヴォシビルスク国立教育大学、ノヴォシビルスク電子工学単科大学、公務員学校などの有力大学。

○完全中等教育段階に教育系統(Profilユ)を設置している。

第10・11学年にはそれぞれ4クラスずつあり、以下のような教育系統が設けられている。

 10А,11А   英語クラス
 10Б,11Б   物理・数学クラス 
 10В,11В   経済クラス
 10Г,11Г   学クラス

英語クラス(А)の生徒は卒業後、通訳やガイドの資格が与えられ、また、英語の能力とコンピュータの知識が買われて、企業秘書への推薦が得られる。

物理・数学クラス(Б)の生徒は卒業後はほとんどが大学に進学する。

経済クラス(В)の生徒は、銀行員としての専門性を身につけることができ、卒業後、企業秘書への推薦を得ることができる。

法学クラス(Г)の生徒の昨年度の第11学年生は、医科大学を希望する生徒と法律関係大学を希望する生徒が半々であった。そこで、医科大学志望の生 徒のために、「化学」「生物」の特別コースが、法律関係大学志望の生徒のために、「歴史」「哲学」「法」の特別コースが設けられた。そのため、このクラス の時間割は他と比べていくぶん混在した状況になっていた。そのほとんどが大学に進学する。

○英語の才能がある生徒を募っている。

この10番学校も「公立」(*)であるため、当該地域に居住している児童を、障害のある場合を除いて全員初等教育段階に受け入れなければならない (ロシア連邦教育法、第16条第1項)。しかし、初等教育段階終了時点で英語の成績が悪い場合は、他の学校へ行かされることになる。そして、同校区から離 れた居住地に住んでいる児童でも英語の成績が良ければ、基礎教育段階へ入学が許されるのである。

*筆者は、学校設置形態の公立(munitsipalユnyi)と国営(gosudarstvennyi)の違いを明確に示す資料をいまだ入手して いない。この点に関して、トカチェーンコ前教育相が『論拠と事実』紙とのインタビューで答えた内容が参考となる。

「それぞれの区には一定の規準数の学校があります。われわれはそれを公立学校(munitsipalユnaia)と呼んでいます。この学校は、あら ゆる子どもたちに、居住地ごとに伝統的な教育を受ける権利を与えるために設けられています。初等学校は必ず公立でなければなりません。子どもたちに遠距離 通学をさせないためにです。」(『論拠と事実』紙<モスクワ>、1996年4月、No.7でのインタビュー。出所:ロシア連邦教育省、前掲、109頁。)

○第10番学校の学習計画の構造。

次のように整理できる。

【表2】

無料 第1層 連邦構成要素としての教育分野の中に示された教科の中から、この学校が選択した教科とその週時数。
第二層 上記の教科の週時数に学校の判断で追加された週時数。並びに、補習のための週時数。
この学校は英語教育強化校であるため、英語教育は第2学年から始められ、基礎学習計画の定める週時数より 時数が増やされている。しかし、大多数の児童は第1学年から、下記の補充教育サービスとして設けられている外国語の中から英語を選択している。
一部有料 第三層 補充教育サービスの教科とその週時数。
有料 第四層 学習計画上には記載されていないコースである。
有料グループ」と呼ばれる特別クラスが設けられている。そのコースとして日本語、仏語、独語がある。
「有料グループ」の時間になると、学年は固定されているが、元のクラスから、所定の教室に受講希望の生徒は集 合するのである。
第三層、第四層のための教科として全体で48教科(コース)が現在設けられているとのことであった。

*「層」の語は、整理のため筆者が用いたものである。

第三層の有料教科と第四層から、三教科(コース)選ぶと、第1から第9学年で一月当たり、20,000ルーブル、約425円、第10・11学年で 50,000ルーブル、約1,060円である(96年5月の為替レートを1ドル、約4,700ルーブルとして)。

96年5月のノヴォシビルスク州の教員の月平均給与が、380,000ルーブルから400,000ルーブル(8,000円から8,500円)、ノ ヴォシビルスク州の産業労働者のそれが 623,000ルーブル から656,000ルーブル(13,200円から13,900円)なので(ノヴォシビルスク州国民教育総管理局での聞き取り)、有料教科・コースの費用は 安くはない。

(2)基礎学習計画を導入できない二つの原因

@以前の学習計画実現可能な範囲内でしか教員保障がなされていないこと

(学校教育を支える条件にかかわる原因)

 3番学校は、先に述べたように、以前の例示的学習計画通りに学習計画をつくり、時間割を組んでいる。つまり、以前の学習計画であれば、現在の教授 スタッフでも十分に子どもたちを指導できるのである。

 しかし、基礎学習計画の導入の条件を整えるためには、立ちはだかる課題は大きい。それはやはり教員確保の問題だが、3番学校では外国語教育にこの 問題が現れている。下記表3に示すように、この学校ではクラスを2つに分けて外国語の指導が行われている。例えば、第10学年Bクラスの生徒は週1時間外 国語を学習しているが、そのために同校では現在2名の外国語教員をあてることができるのである。しかし、新しい例示的学習計画の週3時間を遵守すれば、延 べ6名の外国語教員が必要となる。外国語教育の質を落とさないためにはそうせざるを得ない。しかし、この学校のその教員数は全部で2名である(英語教員1 名と仏語と独語の教員1名)。外国語の時間給講師も雇用せず、グループ分けを続けるとすれば、この2名はかなりの負担増となる。

一方、10番学校では、英語の授業を3グループ編成で行っている。つまり、第10学年Аクラスの生徒は週6時間、英語の授業を受けているが、そのた めに同校では延べ18名の英語教員をあてることができるのである(同校の英語教員は25名)。この事実を基に3番学校と比較すると、実質9倍の外国語教員 確保能力を10番学校はもっていることになる。教育を支えている条件にこのような大きなひらきがある。

【表3】ノヴォシビルスク市の第3番学校と第10番学校の学習計画の比較

(完全中等教育段階)     (95/96年度)

   各学年1クラスずつ

*「例示的教科」と「例示的時数」は、基礎学習計画のヴァリアントである完全中等教育段階用の例示的学習計画の第一表で示された教科及び時数であ る(ロシア連邦教育省『臨時国家教育標準 普通中等教育 中等普通教育学校基礎学習計画』モスクワ、1993年、33頁)。

*第3番学校の学習計画は、「91/92年度のロシア共和国の中等普通教育学校学習計画」で示された例示的学習計画から選択されたものである(『教 育通報』、1991年第3号、71頁)。

*第10番学校の学習計画は、基礎学習計画、ノヴォシビルスク州の地域学習計画、授業担当者のプログラムをふまえ、独自に編成されたものである。

*(2G・2T)は、クラスを2グループに分け、それぞれのグループを1名の教員が担当していることを意味する。

・学校の特色ある教育を行えなくなること(学校の教育内容にかかわる原因)

3番学校では現在時間給講師として11名が招かれている。そのほとんどは、この学校に隣接する公立第3番看護学校の教員である。先に述べたように、 これらの教員の援助で看護学校第1学年の科目を第10・11学年の2カ年ですべて履修させ、卒業後は優先的に看護学校に入学できるばかりか、すぐに第2学 年に編入できる特典を生徒に与えている。現在、以前の例示的学習計画の「労働と職業教育」の週時数2時間と「社会的有用生産労働」の4時間の合計6時間を 同校ではこの特色ある教育に転用している。

国家は週総時数を基に学校に公費を支給する。第10学年を例に取れば、基礎学習計画の週総時数は38時間である。よって、3番学校が、基礎学習計画 のヴァリアントとして示された例示的学習計画に従って連邦構成要素関連の教科の授業を行ったとしても32時間であり、まだ6時間の余裕がある。そこで、従 来通りに看護に関する特別講義を生徒に受けさせることはできるように思われる。しかし先に述べたように、これまで同様外国語の授業でクラスを2グループに 分けるならば、延べ6名の教員を確保しなければならない。この増加分の教員(4名)への支払費用を先の6時間分の資金の中からだけ捻出すると、この学校の 特色ある教育は行えなくなる。逆に、特色ある教育を存続させると、現状では他に資金がないためにグループ分けができなくなり、外国語教育の質を落とすこと が必要となる。3番学校はこのような矛盾をかかえている。

 

IV.学校存続の不安と国家の対応

ノヴォシビルスク市の教育行政局で、教育困難校にいかなる援助を行っているか尋ねた。回答は次のようであった。

「国家にお金がないのに、どうやって援助すればよいのでしょうか。」(96年5月)

ロシア連邦教育法で、学校独自の財源を持つことが許可され(第32条第1項及び第2項第二号)、また学校に教員採用権が認められた(同第2項第四 号)。

10番学校は以前からの英語教育強化校であり、英語担当教員が25名と多数いる。ロシアで英語の需要が高まる中、その条件を生かして、「学校からあ ふれるばかりの子どもたち」(同校校長の発言)を受け入れることができた。そして、子どもに魅力的な教科・コースを「補充教育サービス」として設け、一部 を有料にし、またそれとは別に有料コースを設け、学校の財源確保の手段を得た。また、優秀な人材の輩出を期待する企業がスポンサーとなり、財源的基盤はよ り強固なもとのなった。

10番学校ではこのことは教員にも良い影響を与えた。国家の定める賃金支払のノルマを、さほど授業負担を感じることなく達成できるようになったので ある。ロシアでは、聞き取りによれば、15人から40人の児童生徒を対象に、週18時間の授業を行えば、自分の「カテゴリー」にそって給与が支払われる (96年5月時点)。一学年の学級数が少なければ、最悪の場合、初等教育段階の児童から完全中等教育段階の生徒の授業まで担当しなければ、定められた給与 の支払を受けられないことになる。学級数が多いと、特定の教育段階の生徒を教えるだけでノルマを達成でき、授業の準備も楽に、そして、十分にできるのであ る。

3番学校には学校独自の財源はない。基礎学習計画を導入するための教育条件が整っていない学校が、それを導入できるようにするためには、公費支出の 方法が見直されることが必要であろう。しかし、市の教育行政局の上記の説明は、極めて悲観的な展望しかもたらさない。

ロシアでも進行している少子化の影響が3番学校を直撃し、学級減となれば、教員は定められた給与を得るための授業ノルマを果たすことができず、他の 学校に移るか、副業に励むか、転職を考えなければならないだろう。これは10番学校とは対照的な学校衰退のシナリオである。

国家はどのような対策を検討しているのか。普通・職業教育省(旧教育省)内で、基礎学習計画の早期全面導入をはかるために、例示的学習計画を内容水 準で類別化することで問題解決を図ろうとする提案がなされた。つまり、現行の基礎学習計画導入が困難な学校でも履行できる例示的学習計画を別に作るべきと の考えである。「ロシア語と文学」「社会科学」(「歴史」含む)「数学」「自然科学」の教育だけを連邦全体の必修として残し、他の「外国語」「芸術」「テ クノロジー」「体育」はそれから外し、地域の構成要素に繰り入れ、その実施権限も地域の教育行政機関に委ねるという新たな構想である(『9月1日』紙、 1996年12月2日付、No.121、2頁)。つまり、教育内容への国家関与を最小限にするのが基礎学習計画の構成原理であったが、その最小限の中身を 縮小したヴァリアントを作るという案である。これは最小限の原理の最低限の原理への切替えである。

教育の人間化、自由化の推進の名の下で行われているロシアの教育改革は、教育の機会均等の原則の破壊につながるだろう。都市部に住み、一定の収入を もつ親の下で育っている子どもには、ギムナジウム、リセ、カレッジ、特定教科の重点教育校に進み、高度な教育を受けるチャンスが与えられよう。しかし、そ の一方では、普通教育学校の生徒総数のうち、実に40%の子どもたちが家族の総収入が貧困水準の境界線上か、それ以下の家庭で育っているとの事実がある (トカチェーンコ〔前〕教育相報告「教育と国家安全」、ロシア連邦議会国家会議における議会審問、1996年5月21日。出所:ロシア連邦教育省、前掲、 17頁)。この子どもたちは、最低限の教育しか受けることができなくなろう。このような教育改革によって、公教育が二極化し、教育格差が拡大することが懸 念される。

国家を頼れない以上、学校が独自に問題解決にあたることが必要となろう。その一手段として、私見に過ぎないが、学校間相互援助体制の確立が考えられ る。実際、3番学校の生徒は、労働教育の実習(機械工作)を10番学校の施設を利用して行っている。よって、外国語教員を10番学校が派遣・斡旋すること も考えられよう。しかし、その賃金支払費用を誰が負担するかが問題である。3番学校にその余力がないとすれば、外国語教育が基礎学習計画で義務づけられた 教育分野であっても、親に費用の一部負担を求めることになろう。それ以前に、学級王国ならぬ学校王国化の傾向が見られる現在、相互援助体制をつくろうとい う意識が校長に芽生えること自体がいまだ希と思われる。


SRC Winter Symposium Socio-Cultural Dimensions of the Changes in the Slavic-Eurasian World ( English / Japanese )

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