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第3回百瀬フェロー決まる

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北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター百瀬フェローシップ
第3回百瀬フェロー決まる


百瀬宏・津田塾大学名誉教授のご寄付に基づき設立された百瀬基金による、第3回百瀬フェローがこの度、決定しました。百瀬フェローシップは、スラブ・ユーラシア地域を研究するテニュアを目指しているポスドクの方を対象とした研究奨励制度です。このたびはセンターで慎重に審議した結果、沼田彩誉子さんに2023年10月より、百瀬フェローの称号が与えられることになりました。ひきつづき、多くの方々の応募をお待ちしています。

 

 


 

選考講評


採択者:沼田彩誉子(ぬまた・さよこ)
研究課題名:「タタール文化」とは何か―文化の正統性と国家、社会、移民、そして世代


沼田彩誉子氏の研究は、オーラルヒストリーの方法を使いながら、ロシア革命・内戦や飢餓から逃れ 20 世紀前半に東アジアで生まれたタタール移民 2 世と、20 世紀後半に再移住先のトルコ・米国で生まれたタタール移民3 世の生き方の軌跡を丹念に意味づけるものである。それは、4年間のトルコでの調査を含め米国、日本、英国、ロシアで10年以上、2 世を中心とする75 名の関係者と重ねた対話に裏打ちされ、移住先の国家と社会、そして移民社会内部の世代間の関係など実に様々な角度からこれらの対話を解釈する点に特長がある。審査過程でも、氏の行動力と信頼構築能力、そして何よりも、人びとの語りに寄り添いながらそれを粘り強く分析し概念化する努力が高く評価された。スラヴ・ユーラシア地域においては、ウクライナ戦争に伴い、避難民や国外脱出の問題が新たな緊要性を持っている。ユーラシア大陸の激動の歴史の中でかき消されがちな普通の人びとの声を拾い上げ、地域と世界を考える方法に新たな地平を開くことを沼田氏に期待したい。

 

 


 

採用にあたっての抱負

 

 第3回百瀬フェローの沼田彩誉子と申します。このような機会を頂戴し、身に余る光栄に存じます。審査員の先生方をはじめ、関係する皆様方に心より御礼申し上げます。

 

 私は、オーラルヒストリーと移民研究の枠組みから、移民の経験に関心を寄せています。特に、ロシア革命後にヴォルガ・ウラル地域を離れ、東アジア、トルコ、アメリカと世界規模の移動を繰り返したテュルク系ムスリムを「タタール移民」と呼んで、インタビューを行ってまいりました。博士論文では語りにもとづき、20世紀前半の旧満洲、朝鮮半島、日本で誕生した第2世代にとって、「故郷」とは何かを考察しました。

 

 移民の経験をめぐる研究を、事例提供を超えた議論へと開いていくには、移民だけを一方的に取り上げるのではなく、受け入れ社会や研究する側のあり方を含めて問い直すことが必要だと考えています。そこで、協会名に用いられ、語りでも言及される「タタール文化」を題材に、文化の正統性をめぐる権力関係の解明を、百瀬フェローとして取り組む課題といたしました。

 

 ここでの目的は、タタール文化なるものを本質主義的に定義することではありません。第2世代および再移住先のトルコ・アメリカで誕生した第3世代が、タタール文化の名の元に何を指し示し、自己の人生に位置づけているのか、その際、「ナショナルに区分化された空間の管理者」である定住者と、「管理すべき対象」とされる移民の間に横たわる非対称性が(伊豫谷登士翁編『移動から場所を問う』有信堂、2007年)、いかに日々の生活における文化の実践に影響を及ぼすのかを明らかにすることを目指しています。

 

 タタルスタン共和国だけではなく、東アジアを経由した本研究課題の主役たちをはじめ、中央アジアやバルト海地域などタタール人は世界各地に暮らしています。文化が関係性のなかで構築されることを鑑みれば、タタール文化もまた一枚岩と言うことはできず、タタール人というカテゴリー内部および世代間の類似と相違について、各社会との連関を踏まえた比較検討の一助となるよう努める所存です。

 

 トルコ・アメリカの移民の世界からスラブ・ユーラシアを眼差してまいりましたが、センターの皆様の薫陶を賜り、自身の認識を再点検できれば幸甚です。10月より1年間、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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