はじめに
本稿では、第1章「地域における統計作成の実状」の補論として、家計調査統計の作成について検討する。家計調査は、第1章で扱った価格調査、労働力調査と並んで、ロシアにおける標本調査の代表的なものである。市場経済への移行期においては、ロシアの企業等からの報告の統計データが以前と比べて不完全なものになっており、標本調査としての家計調査の重要性が高まっている。第1章で説明されたように、家計調査の結果は、消費者物価指数の算定にも利用されている。
本稿の記述は、主として、家計調査に関する説明および注釈が記述されている『統計に関する方法規程』(Metodologicheskie, 1996)、1994年の家計調査統計である『1994年のロシア連邦の家計の貨幣収支と消費』(Denezhnye, 1995)の解説、1994年以降の『ロシア統計年鑑』(RSE)の解説に基づいている(1)。このうち、Metodologicheskie(1996)は1995年以降のロシア統計国家委員会の通達等に基づくものであるのに対し(2)、Denezhnye(1995)は1994年までの方法論に基づいており(3)、若干の違いが見られる。
1.ロシアにおける家計調査の歴史
ロシアにおける家計調査は、19世紀後半に始まり、主に、農民経営についての統計として発達した(4)。当初のデータは、ゼムストヴォ統計によって収集されたものであり、とくに、農民経営、手工業、土地の収益性に関わるものであった。定期的な家計調査が行われるようになったのは、ヴォロネジ県の農民経営に関する調査資料(1887〜1896年)が公開された後である。20世紀初めには、ロシアの一部の工業地域において工業労働者の家計調査が行われるようになった。当時は、データの収集は調査員派遣法(ekspeditsionnyi sposob)によって行われ、調査は1回限りのもので、体系的なものではなかった。通年の家計調査が初めて試行されたのは、1924年のことであった。
現行の家計調査の抽出方法や実施手順が形作られたのは、1950年代初めである。1952年から調査は2万9,000世帯で行われた。1969年にはこれが3万2,900世帯に拡大され、1988年には4万8,600世帯にまで拡大された(5)。この世帯数の増加は、住民の新しい社会・経済グループの調査を含むようになったためであり、たとえば、1988年以降は、すべての経済部門が含まれるようになり、また、年金生活者の家計も調査対象となった。
1992年からの市場経済化のなかで、家計調査にも様々な改善が加えられている。もっとも大きな改革は、調査家計の抽出方法に関わるものであり、地域原則と部門原則の混合法から、地域原則への移行が1994〜1995年に行われた(6)。これについては、次項で扱う。このほかの改善としては、たとえば、1994年から、品目分類が価格統計に合うように変更されたことが挙げられる(Denezhnye, 1995, p. 5)。
2.調査対象の抽出方法
上述のように、調査対象の抽出方法は1994〜1995年頃に地域原則と部門原則の混合法から地域原則に換えられた。
RSE(1995, p. 75)に明記されているように、従来の地域原則と部門原則の混合法においては、調査のための家計数は、社会的生産に従事している人数に比例して、産業部門および地域に配分された(7)。
この時期においては、調査世帯は、基本的に、経済部門で就業する者を構成員とする世帯であった(Denezhnye, 1995, p. 5)。したがって、個人労働活動に従事する者は、経済部門で就業する者を構成員とする世帯の一員である場合にのみ、調査の対象となった(8)。また、労働可能な世帯員がいない年金生活者の世帯については、年金生活者世帯という抽出が別個に行われた。
RSE(1996, p. 137)からは、標本の抽出は、ロシア連邦の個々の地域(構成共和国、地方、州)において「すべての住民」を代表するという原則で行われているという記述がなされるようになった。これ以上の説明はないが、地域原則への移行を示すものであろう。
3.家計調査の方法と手順(9)
データの収集は、特別に養成された家計調査員によって行われる(10)。この調査員が、1カ月経過ごとに、調査世帯を訪問し、大人の世帯員に質問することによって、調査が行われる。調査員はおのおの25世帯を受け持つ。質問の結果は、ロシア統計国家委員会の通達に従って、調査様式に記入される。記入の正確性を増すために、月の中間にも訪問がなされる。
質問の際に、家計から得られる情報を確かめるために、家計によって毎日記入される収支に関する記録(zapis')が利用される。この毎日の記録には、貨幣所得(本業の労働支払、兼業の支払、年金、補助金、奨学金、世帯員によるサービス提供に対する支払、食料品・家畜等の販売収入)の収入源、食料品(購入量と入手先を示す)、非食料品、その他の現金支出などの貨幣支出が記入される。調査員が訪問した際に、この記録の集計とコード化が行われ、情報が様式1「家計」に記入される(11)。この表の中で収入と支出が集計され、収支の均衡した家計収支が作成される。この計算結果について世帯員の了解が求められ、収支に著しい差のある場合には、世帯員に確かめられる。
家計調査員は、毎月15日までに前月の調査様式を地域の統計委員会に提出する。
データの点検、入力、加工、保存は、家計調査の組織化と実施を担当する地域の統計委員会の部局によって行われる(12)。家計調査の集計は、特別のプログラムに基づいてパソコンで行われ、連邦統計作業プログラムの実施計画によって定められた期限内に、ロシア統計国家委員会計算センターに提出される。
地方における家計調査の組織化と実施の責任は、地域の国家統計機関に課せられている。調査員の活動に対する監督は、地域の統計委員会と郡(都市)の統計局によって、少なくとも半年に1回、直接、調査世帯において行われるとのことである。
Denezhnye dokhody, raskhody i potreblenie domashnikh khoziaistv Rossiiskoi Federatsii v 1994 g. (po materialam vyborochnogo obsledovaniia biudzhetov domashnikh khoziaistv), Moscow: Goskomstat Rossii, 1995.
Metodologicheskie polozheniia po statistike, vypusk pervyi, Moscow: Goskomstat Rossii, 1996.
RSE (Rossiiskii statisticheskii ezhegodnik), Moscow: Goskomstat Rossii (various years).
竹内清「ロシアにおける家計調査」『商学討究』第19巻第2号, 1968.
竹内清「ソ連における家計調査(1)〜(16)」『統計』第23巻第4号, 1972〜第24巻第7号, 1973.
竹内清「ロシアにおける家計調査についての一考察」『石巻専修大学経営学研究』第6巻第2号, 1993.
竹内清・村上仁美「ソ連における家計調査について」『商学討究』第19巻第3号, 1968.