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研究概要

学術的背景

研究の主たる対象となるロシア,中国,インドなどユーラシアの地域大国は,現在の世界情勢のなかでは,米国一極秩序やEU主導の国際秩序への挑戦者という立場に立つ国々である。すなわち,これらの地域大国は,一定の経済力・軍事力と近隣諸国への影響力を有するが,政治的自立性,後発成長性,半周縁性などで特徴付けられる国々である。これらの国々は,強者の論理としての国際社会の規範,自由化,民主主義,核拡散防止などに対して一定の距離を置くという共通性を有している。

冷戦終了後に言われた「21世紀は米国一極支配の世紀となる」という予測は,これまでのところ実現していない。一方では,BRICsが成長し,経済に支えられて,これら諸国の政治的発言力と軍事的存在感が増大している。他方では,ブッシュ政権の一国主義と武断主義が,世界政治における米国の指導性を著しく傷つけた。現在の世界は,米国の卓越した国力の下ではあるが,地域大国がかなりの発言力を持つガリバー型寡占状況にあると言えよう。この構造は定着するだろうか。それとも,石油の高値が去り,米国次期政権が国際的合意形成にもっと努力するようになれば,世界は再び一極支配に近づくだろうか。

この問いに答えるうえで重要なのは,ロシア,中国,インドなどの地域大国化が,単なる政治経済的な現象ではないということである。文化論的に見れば,これらの国々は単なる後発成長国というよりは,それぞれの文明圏の姿を現代において代表する存在であり,かつての文化的帝国の現代への適応の形と理解することができる。すなわち,地域大国化は,文化,宗教,イデオロギー,帝国的伝統,空間表象,環境問題などに関わる多面的な現象であり,これを解明するためには人文・社会科学の総力を注ぐ必要がある。また,上記諸国の地域大国化という現象は,ポスト冷戦といったタイムスパンで計ることはできず,少なくとも17世紀くらいまでは遡る本格的な歴史研究と,それに基づいた現状分析を必要とする。

また,地域大国が,帝国遺産,対米関係,エネルギーの安全確保,ソフト・パワー,地域国際機構の形成,環境破壊など,多かれ少なかれ類似の課題と問題に直面し,それへの対処に共通性と対照性を示していることから,地域大国間比較が有益であると考えられる。比較は上記諸国を理解するうえで有益であるばかりでなく,これら諸国の政治的重要性と学術的価値から考えて,ここから人文・社会科学を豊かにする知見が導き出されることが期待される。

研究の具体的な目的

1)研究対象として取り上げる諸国(ロシア,中国,インド)が地域大国として発展・定着できる条件が何であるのか,また,それを妨げるような不安定要因は何であるのかについて,人文・社会科学の諸分野の観点から解明する。これは,地域大国を総合的,体系的に比較することによって初めて可能となるものである。とくに,それぞれの地域大国が歴史的に帝国あるいは文明圏を形成してきたという共通性を踏まえた比較が有効となる。

2)地域大国という中間項を入れることにより,世界を理解するうえでの新たな視座を確立し,その視座から現代世界の様々な問題について分析する。これは,「超大国の一極支配」あるいは「世界的な均質化や画一化」とは異なる視座であり,この新しい視座から,安全保障,民族紛争,宗教対立,環境,格差と貧困など,現代世界の重要な問題について総合的,学際的な解明を試みる。

研究の内容

国際関係,政治,経済,社会,歴史,文化の6つの視点からの計画研究を設け,それぞれの計画研究班に,ロシア,中国,インドなどについての研究者を配置する。これにより,初めて,地域間比較というものが体系的に,かつ深いレベルで行われることになる。このようにして,比較というものを総合的,体系的に行うことにより,それぞれの地域研究自体についても,研究の著しい深化が期待され,それぞれの地域大国についての理解が飛躍的に深められることになる。

民族紛争,宗教対立,格差と貧困などの学際的な研究は,複数の計画研究班による共同研究として遂行される。このようにして,地域研究の特徴の1つである総合性,学際性をいっそう高めることができる。

期待される成果

ロシア(スラブ・ユーラシア),中国,インド(南アジア)などの個々の地域については,1990年代に重点領域研究(特定領域研究)の形で総合的研究が行われ,日本におけるこれら地域を対象とする地域研究が劇的に発展し,世界的にも注目される研究が数多く生まれた。また,これらの個々の地域について全国的に共同研究を行う体制も構築された。本研究は,こうして個別的に深められた個々の地域の地域研究を束ねるものであり,研究手法を含めて,他の地域研究の長所を活用することにより,それぞれの地域研究をいっそう深めることができると期待される。また,こうした地域の比較のための資料の統一化,データベース化など,比較のための土台を作ることも意識している。

本研究では重要なユーラシアの地域大国を研究対象国とすること,また,これらの諸国が現在の超大国主導の国際秩序に対して異議を唱える存在であることから,本研究を通じて,国際秩序,世界システムなどについて,新たな見方を提起できると考えられる。これらの地域大国は,歴史的には帝国の崩壊や再編の結果として存在していることから,本研究により,現在,世界的に大きな問題となっている地域間対立,民族紛争,宗教対立などに対しても,学術的な議論の土台を築くことができると期待される。これらのユーラシア地域大国が世界に占める経済,人口,軍備等々における比重を考慮に入れると,また,BRICs論に見られるように,そうした比重が近い将来さらに増大することを考慮に入れると,エネルギー安全保障,環境,格差と貧困などの世界的重要課題についても,本研究は,その解決に向けての新しい視点を提供できると考えられる。

これらの諸国は,米国を頂点とするような画一的,均質的な政治・経済・社会・文化などの発展のあり方に対しても,異議を唱える存在であることから(たとえば,民主主義のあり方,市場経済のあり方など),本研究は,これらの発展のあり方を再検討するための豊かな材料を与えることになると考えられる。文化面でも,これらの地域大国がそれぞれの「文明圏」を形作っていることから,それらとグローバル化との対抗関係を検討することは,現代の文化のあり方の理解に新しい見方を提供することになると期待される。

以上をまとめると,地域大国がユーラシアあるいは世界においてどのような位置を占めるようになるのか,これらの地域大国が世界に対してどのような新しいモデルを提示することができるのか,さらには,どのような世界秩序が今後形成されるのかなどについての学術的解明が期待される。