ITP International Training Program



真駒内英語キャンプに参加して

杉浦 史和

(帝京大学助教、第1期ITPフェロー経験者)


 午後7時10分、じょうてつバスの最終目的地、真駒内青少年会館前に降り立つと、そこは2メートル近くの積雪に固く閉ざされ、世間の喧噪から隔絶された世界が広がっていた。そこでは英語だけが利用可能な言語だという。早速、責任者でキャンプ参加者でもある越野さんに促され、皆さんが集まる部屋に挨拶に伺うと、そこにいた全員が翌日の擬似報告会の準備にかかりきりで、私のことなど全くお構いなしと言った風情である。少し寂しい気もしたが、皆、呻吟しながら合宿5日目の夜も英語と必死に格闘していたのだった。

 私は第一回ITPフェローとしてワシントンDCに派遣されたことから、その経験を後進の皆さんにお伝えするようにと今回の英語キャンプに招かれた。当初は合宿5日目の夜、皆とともに夕食を食べながら簡単に話をするとのことだったのだが、合宿6日目の擬似研究報告会を前に、参加者の皆さんはとても私の話を聞いている余裕はない(当然だ!)と言うことで、合宿最終日にお話しすることになっていた。しかしすでに予定を組んでいた私は、そのまま5日目晩に合宿入りし、擬似報告会にも参加させていただき、大変充実したひとときを過ごしたのであった。この小文では、若干の感想とともに英語キャンプの様子をご紹介したいと思う。


●合宿の成果が明確に見られた擬似報告会

 それにしても1週間とはいえ、英語を集中的に鍛えあげると言うのは大変なことだ。「英語は習うより慣れろ」とよく言われる。多少間違っていても、常に英語で発言するために頭の中で英作文を続けていると、そのうちその時間も短縮されて自然に英語が出て来るようになる。そんな考えからだろう、キャンプ中は日常生活においても日本語使用は一切禁止であった。私は仕事の関係で直前までロシア語を使用する環境にいたのだが、皆さんが一生懸命英語を操っていたため、難なく英語環境に適応することができた。これも参加者の皆さんの気迫のおかげである。

  翌6日目の朝、朝食のため食堂に下りていくとここでも日本語は一切禁止である。当日はキャンプの一大目標である擬似報告会が行われるということもあって、皆、緊張気味に食事を口に運んでいる。私は奇妙な縁で講師のグレッグと繋がりがあったこともあって彼とのおしゃべりが弾んだのだが、報告予定者から全く浮いているのがよくわかった。

 さて擬似報告会に参加してみると、普通の学会ではなかなか目にすることができないプレゼンテーションが確かに多かった。なかでもスライドの利用形式には大いに目を見張った。一つの特徴として「一画面には一つのメッセージのみ盛り込む」という原則があったことだ。何でもかんでも一つのスライドに詰め込みすぎて、文字が小さくて読めないなどといったスライドはどこにもない。とりわけ目をひいたのは、こちらを睨みつけるようなばかでかいウイルスの画像だった。「ナショナリズムはウイルスのようなものです」と話者の説明があったところで、この巨大ウイルスが映し出される。説明の文字もなくスクリーン一杯に映し出されるウイルス像。見ているものの気持ちを大いに揺さぶる。でもよくよく考えてみれば、何でもかんでも文字で説明しようとする必要は全くない。イメージも立派な意味を伴った表象だからだ。

 もう一つ、今もありありと思い出せるスライドは、ワインレッドのビロード布の不規則な畝が浮かび上がり、魔術的な陰影をつくりだしている背景。この布を取り去ると、手品師が目当ての鳩かバラの花を取りだしてきそうなそんな雰囲気だ。報告のテーマはずばり「ロシアにおける魔術の再生」。まさにこのテーマにふさわしい背景選びだった。 


●表象することは楽しい

 もちろん、1週間の即席で、まだまだ準備時間、練習時間ともに足りなかっただろうが、皆、正々堂々、立派に報告をやってのけた。何より、報告することが楽しい、私の報告を興味を持って聞いて欲しい、そういった意欲がプレゼンテーションから滲み出ていた。私もこんな工夫をすれば、確かに研究報告は苦痛ではなく楽しみになるなと思ったものである。何といっても、表現することは人間の本能にも見なされるほど我々に内在的に備わっているものなのだ。



 こんな皆さんが素晴らしい研究報告を行った翌日が自分の報告である。それまでパワーポイントのスライドに写真を入れて報告しことは未だかつてなかったが、急遽、現地でPCに蓄えられている写真をリストアップしオーディエンスに訴えかけるようにプレゼンを工夫してみた。おまけにプレゼン冒頭では、オバマ大統領の就任式で録音した宣誓の様子をお聞かせするなど、自分としてはマルチメディアを駆使して(?)精一杯の努力をしてみたのである。皆さんには遠く及ばずながら、自分もオーディエンスの気持ちになってプレゼンを準備してみると、確かにこれは楽しい作業だと思った。そしてオーディエンスの反応が十分にあれば更にうれしい。幸い、皆さんからは多くの質問もしていただき、改めて参加者の意識の高さを認識したのであった。

 一般に、日本人は英語に限らずプレゼン・報告が下手だといわれる。用意してきた報告原稿をただ読み上げる。また抑揚もなくオーディエンスに目を向けることもしない。こんな紋切り型の批判をよく聞いてきた。でもその理由は「日本人だから」なのではなく、「報告することの楽しみに目覚めていないから」なのだと今回のキャンプで確かに理解するに至ったのである。この1週間という短い期間で、それぞれの参加者のこの快感を見事に開花させたコーチお二人の努力に敬意を表するとともに、その指導に立派に応えて素晴らしい報告をして下さった参加者の皆さんのこれからの報告の成功を心より祈念して、この拙文を締めくくりたい。



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