ITP International Training Program



Kimitaka Matsuzato ITP代表者より
「後半を迎えたITPの課題」



  日本の地域研究においては、従来も研究対象国に長期留学した上で博士論文を書くことが要求され、研究の実証性においては国際的にも遜色のない水準にありました。しかし、せっかく立派な博士論文を書いても国際学会で発表した経験がなくパネル登録のやり方すら知らない、英語で発表する際には聴衆を無視して原稿を棒読みする、海外の雑誌に投稿したことがなく国際的に通用する書き方も知らないといった例は残念ながら多かったように思います。自分のテーマを良心的に研究しているのは確かでも、概念化や「自説をより広い研究史の文脈に位置づける」能力に乏しいということが、日本の研究者の共通の弱点として指摘されてきました。


  本事業は、こうした弱点を若いうちから克服することで、英語圏の一流査読誌にコンスタントに書く卓越した若手研究者の中核を事業期間中に形成することを目標としました。若手研究者が博士論文を書くため、また実証データを集めるための留学制度はすでに数多くあることも勘案し、大学院生ではなく博士号をすでに取得した者、すでに国際的な発表経験のある者を派遣対象としました。また研究対象国(スラブ・ユーラシア圏)の研究所ではなく、ハーヴァード大学デイヴィス・センター、ジョージ・ワシントン大学(GWU)エリオット校・欧・露・ユーラシア研究所、オックスフォード大学聖アントニー校という世界最高水準の英語圏の研究所をパートナー・派遣先としました。


  本事業は、派遣前に英語特訓合宿を行い、派遣期間中の有力国際学会でのパネル組織、英語圏査読誌への投稿などを義務づけ、帰国後も派遣経験者を国際的研究者コミュニティ形成の先頭に立たせる長期訓練メニューを提供しています。同時に、派遣者だけでなく、20-25名程度の将来性に富んだ若手スラブ・ユーラシア研究者を対象として英語キャンプ・英語論文執筆講習会などを行ない、海外での発表のための旅費、英語校閲への援助を行っています。


  その結果、事業開始後2年余りで、若手研究者が国際学会で発表し、海外の雑誌に投稿し採択されるのが当たり前という環境を作りあげました。この2年余の間に7名の派遣者により12本の国際学会での報告がなされ、7本の原稿が国際的雑誌に投稿されました。帰国してからも国際的に活躍するという原則も遵守されています。


  ITP参加若手全体(約40名)に視野を広げると、2年間で国際的口頭発表49本、国際的雑誌による公刊・採択が23本という輝かしい数字を記録しました。2009年の第1回スラブ・ユーラシア研究東アジア・コンフェレンス(札幌)で14名、2010年第2回(ソウル)で8名が報告しました。この7月にストックホルムで行われた国際中欧東欧研究協議会の世界大会では日本人53名が報告しましたが、そのうち21名はITP参加者でした。しかもそのうち3名は単なる報告者ではなくパネルを組織しました。これは日本の他の文系学問には見られない到達点であり、若手の国際的発表という点では、日本のスラブ・ユーラシア研究は欧米をも追い抜いたといえます。たとえば、大学院生が国際学会のパネル組織者になる例は、欧米でもあまり多くはないのです。


  周知のとおり、2015年の国際中欧東欧研究協議会の世界大会は幕張で開催されることが決まりましたが、これを引き寄せたのは日本の若手の活躍だと私は思っています。つい数年前まで、海外のスラブ学会の幹事たちから、「日本人は英語で論文を書かないくせに、世界大会誘致などおこがましい」と面と向かって言われていたのです。


  本HPに掲載されているエッセイを読めば明らかなように、日本の若手スラブ・ユーラシア研究者は国際学会で報告させていただくお客様ではなく、学会の組織に問題点があればチクリと批判するだけの評価基準と経験を持った、国際化の堂々たる推進者です。


  このような目覚しい成果の反面、問題点も指摘しないわけにはいきません。こんにちの深刻な就職難の下では、10ヶ月間しか生活保障されないITPよりも、3年間生活保障される学振特別研究員としてのステータスを優先する傾向が若手研究者に見られます(現行制度では兼任は認められていません)。また、就職状況を観察していると、文科省の旗振りにもかかわらず、日本の大学は国際的な業績を評価する姿勢があるのだろうかと暗澹たる思いに駆られることもあります。しかしこれらは、日本の文科系の研究が国際的に通用し貢献するものに脱皮する過程での産みの苦しみと考えるべきでしょう。


  あと2年半のITPは、国際的査読雑誌への投稿・採択を確実に増やすこと(口頭発表どまりにしないこと)、また派遣経験者自身が組織者となる国際セミナーを事業全体のまとめとして複数回開催することが主要な課題となります。頑張りましょう。


北海道大学 スラブ研究センター 教授
松里 公孝

 
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