ITP International Training Program



ハーバード滞在記


宮川 絹代

(ITP短期フェロー、東京大学非常勤講師)




 3月初めから1ヶ月ほどの滞在が決まったのは、2月の半ばのこと。その頃、私は、ハーバード大学がボストンではなく、隣のケンブリッジという町にあることさえ知らなかった。準備もままならぬまま、慌ただしく辿り着いてみると、その町は、想像以上にこじんまりとしていて、すぐに溶け込むことができた。大学最寄りのハーバード駅周辺は、店やカフェなどが並び、観光客も多く、にぎやかだが、町全体は緑も多く、寛ぎやすい雰囲気を漂わせているのだ。

 住居は、Claigslistというサイトで、短期間でも貸してくれる部屋を探した。このサイトには、さまざまな物件情報が日々更新されており、条件の合った部屋があれば、その家主に連絡し、やり取りをしながら、最終的に決めていく。日本から探す場合、実際に自分の目で物件を見ることができないという不安があるが、今回は、その頃Davis CenterにいらしたITPフェローの佐藤圭史氏が力を貸してくださったおかげで、快適な部屋を見つけることができた。大学へも歩いて10分足らずという便利な場所だった。





キャンパスの風景

 緑の多い大学のキャンパスには、レンガ造りの建物が点在している。晴れた春の日、芝生の緑と青い空に映える建物は、思いのほか、淡く目に映る。滞在したひと月の間に、木々は柔らかな緑にけぶり、時には初夏を思わせる日差しを受けながら、次第に色濃さを増していくが、レンガはやはり淡く光を反射する。滞在中、最も足を運ぶことの多かったワイドナー図書館も、そのようなレンガ造りの建物の一つだった。佇まいは重々しいが、正面に何本も構えた太い柱は白く、よく光になじみ、訪れる者を引き寄せる。その図書館に日々通うのは、大きな楽しみだった。




ワイドナー図書館

 図書館を利用するにあたっては、まずは、受け入れ先であるDavis Centerから図書館宛に利用許可願いを出してもらう。それを持って図書館で申請すると、Special borrowerのIDが発行され、自由に図書館を利用できる。このIDがあれば、WiFiが行き届いたキャンパス内のどこからでもインターネットにアクセスすることもできる。図書館には、古い歴史的文献から、まだ日本の図書館に入っていない新しい書籍まで、幅広い資料がそろっている。書架から目当ての本を借りるもよし、学内に複数存在する他の図書館や保存書庫から取り寄せることも可能だ。一カ所にいながら、大学が所蔵する莫大な文献の中から、多くの資料を集めることができる。さらに、電子化されている資料も多く、米国内の学位論文や新聞雑誌の記事など、自由にダウンロードできるのも便利である。また、文献は無料でスキャンして、データとして持ち帰れるので、大量の資料を入手できる。ただ、本の循環には少し時間を要するようで、一旦返した本が元の場所に戻るまでに、1週間ほどかかったので、短期で利用する場合、注意が必要である。

 また、Davis Centerの研究者名簿をいただけたのも、ありがたかった。関心のある研究者にコンタクトをとることができるのだ。名簿には、センター直属の研究者のみならず、他の研究機関に所属しながら、センターのアソシエイトでもある研究者など、多くの専門家の名が連ねられている。それぞれが取り組んでいるテーマも記されていることから、自分の関心と重なり合う研究者を見つけやすい。私はこれまでブーニンを研究対象としてきているが、ナボコフ研究で知られるボストン大学の教授M.Shrayer氏とお会いできたのがとても大きな収穫だった。Shrayer教授は、亡命後のブーニンの未公表の一次資料の出版にも関わっており、イギリスのリーズ大学にあるブーニンアーカイブの事情などにも通じていて、貴重な情報をいただくことができた。また、なにより、今後の研究の方向性に関する相談に乗ってくださり、大変ありがたく思っている。

 残念ながら、今回の滞在中に人文科学系のセミナーは開かれず、また面会の叶わなかった研究者もいたが、自由に自分の研究について考えを巡らせながら、多くの資料や研究業績、また専門家の意見に触れることで得たものは大きい。日本の日常のなかでは、外部からの刺激も、自分自身の思考も、まとまらぬまま拡散していってしまうことが多い。けれども、ハーバードでの研究生活においては、そのどちらも逃げ場を持たず、凝縮された日々の中で、互いに効果的な作用を及ぼし合ってくれたと思う。次回、やはり短期ではあるが、もう一度予定されている滞在では、今回得たものを土台に、より具体的な成果に繋げていきたい。このような機会を与えてくださり、Davis Center受け入れへの道筋をつけてくださったスラブ研究センター、特に松里公孝先生、望月哲男先生、ディビッド・ウルフ先生、手続き等でお世話になった事務の方々、部屋探しや生活のことでご協力くださった佐藤圭史氏には、この場を借りて、心からの感謝を申し上げたい。



(Update:2012.05.09)





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