第一回 ボーダースタディーズ 北米研究部会が開催される
去る7月12日(土)、中央大学神田駿河台記念館において、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター「境界研究ユニット(UBRJ)」との共催で、第一回ボーダースタディーズ北米研究部会が開催されました。最初に、境界研究共同研究員のひとりである司会者の川久保文紀(中央学院大学・准教授)から、北米研究部会を立ち上げることの意義について、これまでの日本における境界研究の展開と絡めながら述べられました。そして、境界研究ユニット代表である岩下明裕(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター・教授、UBRJリーダー)より、世界のボーダースタディーズ・コミュニティとの協働作業のなかで、日本の境界研究の拠点作りの重要性について、来年4月に開催される米国オレゴンでのABS大会のプログラム・コーディネーターとしての見解が述べられました。
最初の報告は、「海洋境界画定に対する米国の国際法アプローチ:近年の事例から」と題して、国際法がご専門の竹内雅俊氏(高崎経済大学・非常勤講師)が行い、引き続いて、北米境界史などがご専門の二瓶マリ子氏(獨協大学・非常勤講師)が、『境界研究』(4号、2013年)に掲載された論稿をもとにして、「植民地時代末期テキサスにおける越境的な交易活動」と題する報告を行いました。
竹内報告は、国際海洋法における大陸棚制度、大陸棚制度におけるアメリカの状況などを踏まえながら、日本における大陸棚の境界画定の可能性についての示唆が論じられました。一般的には、米国における陸域における境界画定は一段落したかのように思えます。しかしながら、竹内報告では、境界画定自体が陸から海洋へと単にシフトし、大陸棚、とくに200海里以遠の申請をめぐる紛争が、今後、問題化していく可能性について、国連海洋法条約をいまだに批准していない米国の国内政治の状況などを視野に入れながら考察が行われました。これに対して、海洋における国境紛争と領域紛争の違い、海洋境界問題における境界画定(delimitation)、画定作業(demarcation)、国際広域と国家領域の線引き(delineation)に関する概念の用い方などについてフロアから質問がありました。最終的には、様々な質疑応答のなかで、国際法と国際政治の狭間で揺れ動く米国の海洋国境の姿が明らかになったように思われました。
二瓶報告では、本来、境界・国境史といえば、国際組織や国家などのマクロな実体が分析の焦点に合わせられる傾向が強いわけでありますが、テキサス大学所蔵の一次史料を駆使しながら、米国とメキシコの境界を相互行き来したアメリカ人フィリップ・ノーランの交易活動に肉薄することによって、ミクロな人間や集団の営みがいかに米国とメキシコの境界の歴史的形成過程にとって重要であったのかについて述べられました。歴史的に、テキサス=ルイジアナ地域は、スペイン、フランス、米国というように支配権が変遷するなかで、「傲慢な米国が奪った領土」として描かれてきましたが、そうした従来型の定説に一石を投じる報告であっと思います。この報告に対しては、フィリップ・ノーランにアプローチする史料の方法論、テキサス論としてテキサスの東部だけを取り上げる意味、家畜交易の具体的な内容などについて質問がなされました。
週末であるにもかかわらず、多くの参加者を得て有意義な時間を過ごすことができました。国際法と歴史研究というディシプリンの違いを乗り越えて、境界に関する多面的分析を行うことは、パワーポリティクスの比較と相関を中心的な対象としてきた国際関係に対しても、新しい視座を提示する契機になっていくと思われます。第二回は、秋に開催しようということになっております。引き続き、ご支援・ご協力のほどよろしくお願い致します。
(文責: 川久保 文紀)
※なお、本研究会は、科研費基盤A(岩下明裕研究代表)「ボーダースタディーズによる国際関係研究の再構築」の研究活動の一環として行われています。